~琉球沖縄に伝わる民話~

『球陽外巻・遺老説伝』より、第58話。

孝子の仇討



 むかし、宮古島に、二人の兄弟がありました。
 兄の名は、加賀良按司(かがらあんじ)と言いましたが、ある時、不意の流れ矢で眼を痛め、片眼を失いました。
 弟は、浦島大主大殿(うらしまおほしゆどの)と言い、兄弟は、それぞれ近くに城をかまえて、各々一城の主(あるじ)でした。
 ある日のこと、弟の大主大殿は、一日を愉快に過ごそうと思い、兄の加賀良按司を招待して、賑(にぎ)やかに宴(えん)を開きました。
 宴酣(えんたけなわ)の頃、茶目っ気(ちゃめっけ)を出した弟が、魚(さかな)を、兄の眼の悪い方からすすめました。
 さあ、怒ったのは、兄の大接司(おおあじ/おおあんじ)です。
 「自分のことを片眼と知っていながら、嫌(いや)がらせをするなんて、もっての外(ほか)だ。」
と、弟のいたずらを悪意(あくい)にとってしまったから、たまりません。
 「よし、弟の奴(やつ)を、亡き者にしよう。」と思い、ひそかに自分の城の庭に落し穴を造り、弟を招待しました。
 宴を開き、夜が更(ふ)けるのを待って、弟を落し穴の処(ところ)に手招きしました。
 兄に悪い媒(はかりごと)があるとは、夢にも考えていない大殿は、「何(な)んの用だろうと、いそいそとやって来ましたが、突然、落し穴に落ちて、死んでしまいました。
 按司の計画通り、弟は死にましたが、弟には兼久(かにく)という一人の子がいました。
 父が非業(ひごう)の最後を遂(と)げた時は、まだやっと五、六才になったばかりで、どうにかして父の仇(かたき)を討(う)ちたいと思いながらも、幼い身で、どうすることも出来ませんでした。
 それで仕方(しかた)なく、伯父の家に身を寄せて、無念(むねん)の歯がみをして、時が来るのを待っていました。
 月日は流れて、兼久は、十才になりました。
 此時(このとき)、来間島に、大保普利(おほぼり)といって、村中の人々が集まり、祝宴を催(もよお)した折(おり)、按司もその席に出ることになり、兼久は、そのお伴(とも)をして行きました。
 皆(みな)、お祝いの言葉を述(の)べている最中(さいちゅう)に、按司が、兼久に向って、
 「兼久、今の喜びにあたって、歌を作って唄いなさい。」
と、言いつけたので、一曲を唄いましたが、その文句の中に、父の仇(かたき)を討(う)ちたいという気持ちがふくまれていました。
 按司は、早くも歌の中に怨(うら)みがあることを知ると、この子を生かしておいては、後々、自分にどんな災難が起こるか知れないと思い、急に空恐ろしくなり、兼久を殺してしまおうと決心しました。
 丁度(ちょうど)、その折に、来間の人達が、祝賀の会から帰ってきて、下地の前で、網を張って魚を取るから、按司に見て貰(もら)いたいと申し出たので、「この機会を逃がすといけない、兼久を殺すには、よい口実(こうじつ)。魚を取ってこいと、兼久を海にもぐらせ、殺してしまえば、誰にも知られずに亡き者にできる。」と、喜んで、申し出を承諾(しょうだく)しました。
 人の思いというものは、なんとなく通じるもので、兼久は、伯父が自分を殺そうと思っていることを、心で感じとり、伯父のいいつけ通り、海の底にもぐりましたが、すぐ水面に浮かび上って、
 「今、私がもぐって見たら、一つの大きな穴に、大きな魚が、数えきれない位(ぐらい)、集まっています。小さい私のような力では、とても取ることが出来ません。
 伯父様なら、力も強いので、きっと取れることと思います。
 今こそ、大きな魚をご自身で取られて、手柄(てがら)をお立て下さい。」
 この誘(さそ)いに按司は、早速(さっそく)、海に飛びこみました。
 これを見た兼久は、「今だ。」と叫んで、すかさず鉾(ほこ)で、按司を刺(つ)き殺しました。
 永い間、忍びに忍んでいた父の仇は、孝心が深い兼久の手で討つことができたのです。
 此(こ)の仇討(あだう)ちのことは、たちまち有名になり、兼久の名は、後々の世までも人々に伝えられました。


※註
~「宮古史伝」によれば、加賀良按司が、弟の大殿を殺した本当の訳は、弟の美しい妻を奪わんがためであって、兼久は、父の仇である伯父の按司を刺殺(しさつ)した後(のち)、急ぎ城に帰って、按司に身を許した母をも刺し殺した。この伝説によると、父の仇と、その男に通じた母を殺すのが、その子の父親孝行ということになる。実に苦しい仇討(あだう)ちであるため、人の子の行為(こうい)としての是非(ぜひ)は、色々と意見が分かれるところである。
 
※注
【歯がみ】(はがみ)怒(いか)りや悔(くや)しさから、歯をかみしめて音を立てること。また、非常に悔しく残念がること。歯軋(ぎし)り。
【孝心】(こうしん)親孝行をしようとする心。


Posted by 横浜のtoshi





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