~琉球沖縄に伝わる民話~

『球陽外巻・遺老説伝』より、第97話。


水を飲まされた怨(うら)み


 むかし、南風原津嘉山村の安平田子(あへだし)は人並(ひとな)み外(はず)れて勇気があり、また近隣(きんりん)に及(およ)ぶ者がないほどの大変な富豪(ふごう)で、家族は栄えて、何不自由ない幸せな生活を送っておりました。この人物は、津嘉山村と喜屋武村の境(さかい)に、とても広大な屋敷(やしき)を持ち、男女の召使(めしつか)いが沢山(たくさん)いて、豪奢(ごうしゃ)な暮らしをしていました。
 ある日のこと、家で大きな宴会をしていた時のことです。
 たまたま、門の前を通りかかった、具志頭間切の酒好きの一人の男が、漂(ただよ)う、お酒の匂(にお)いに我慢(がまん)ができず、思いきって、門から中に飛びこみ、言うことには、
 「私は、具志頭間切の者です。喉(のど)が渇(かわ)いて、どうにも仕方(しかた)がありません。どうか、水を一杯、頂(いただ)けないでしょうか。」と。
 こう言えば、きっと気を利(き)かせて、お酒の一杯も飲ませて貰(もら)えるに違いないと思ってのことでした。ところが、見事に的(まと)が外(はず)れ、主人が言うことには、
 「それはそれは。水が欲しいと、おっしゃっている。誰か、早くお水を差し上げなさい。」と。
 そして、早速(さっそく)水が出されて男は飲みましたが、飲み終わっても、みんな黙って男を見ているだけで、誰ひとり、口を開く者はなく、また何も言いません。男はそのまま、その場から立ち去るしかありませんでした。
 ほんの些細(ささい)な事で怨(うら)みを買うことはあるもので、この男の怨みは、時の王に、偽(いつわ)りの告げ口という形になったのでした。
 「安平田子は、王の悪口を言い、謀反(むほん)まで企(くわだ)てています。」と。
 そう、言葉巧(たく)みに、王に嘘(うそ)を吹(ふ)き込(こ)みました。
 かねがね、安平田子の慢心(まんしん)を耳にし、腹立たしく思っていたため、王は即座(そくざ)に言いました。
 「安平田子を、直(す)ぐに召(め)し捕(と)ってまいれ。」と。
 王の命令が下されるやいなや、安平山子の屋敷は取り囲まれ、そして、呆気(あっけ)なく無実の罪で殺されてしまいました。
 その後、屋敷は、久場樹(くばじゅ)や真根草(まあーにぐさ)初め、樹木が生(お)い茂(しげ)って森林さながらになってしまい、妻子はどこかに引っ越しました。そして、安平田子の屋敷跡は神嶽(しんごく)となり、「安平田嶽」という拝所(うがんじゅ)になったとのことです。


※註~
沖縄人は、外来者にとても親切で、旅人に、喜んでお茶や食事の接待した。そこから生まれた民話や教訓は少なくない。また、沖縄の土地柄や生活や人情について、昔話から、よくうかがい知るところが多い。特に、ちょっとした情が、知らぬうちに徳となる話も多いといえる。この民話は、まったくその逆で、教訓を含んだ民話ともいえる。
 
※注
【南風原】(はえばる)南風原間切(まぎり)。南風原の以前の発音では「ふぇーばる」など。
【津嘉山村】(つかざんそん)南風原間切。津嘉山の以前の発音は「つぃかざん/ちかじゃん」など。
【安平田子】(あへだし/あひだしー)
【喜屋武村】(きゃんそん)南風原間切。喜屋武の以前の発音は「ちゃん」など。
【豪奢】(ごうしゃ)非常に贅沢(ぜいたく)で、派手(はで)なこと。また、そのさま。
【具志頭間切】(ぐしちゃん・まぎり)

【慢心】(まんしん)驕(おご)り高ぶり自慢すること。また、その心。
【久場樹】(くばじゅ)クバの木。
【真根草】(まあーにぐさ)マーニの木。
【安平田嶽】(あへだ嶽)現在は、安平田の御嶽(あひだのうたき)と呼ばれる。
※註(ちゅう)にある教訓というのが、何を意味するのか、よくわからないところがあるが、拝所の由来にしては、少し特異な話といえるかもしれない。


Posted by 横浜のtoshi





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仲本様。はいさい、今日(ちゅう)拝(うが)なびら。

いやはや、
仲本様に、今まで、質問された中に、
いくつかの難問が、ございましたが、
これまた、我が身にあまる難問です。

そもそも、
主(あるじ)たる者に、直言できる「有能」な人物となると、
国家や地域にしても、会社はじめ、あらゆる集団の場合にしても、
これは、
歴史的にも、また現実的な環境や、人間の特性から考えても、
非常に難しいことの、一つです。

また、才能ある人物の中には、
決まって邪(よこしま)な野心を隠しもった者もいるのが、常。
そして、人の欲望が、これまた問題です。

言うことと同時に、人の行動をしっかり見極めなくてはなりませんし、
それ以上に、
人物を、しかもその人物の行く末まで深くまで見極める才能が、
きっと必要なのでしょう。
そしてそれがまた、まさしく、難しいわけです。

なお私もまた、
この話は、色々と解釈できる面があるだけに、
訳す上で、ずぶんと頭を使いました。

いつもコメントをありがとうございます。
また、いよいよ暑くなりますので、お体、ご自愛下さい。

なお、今晩の、次回の話は、
久々に、仲本様のご先祖にまつわる話です。
有名な話なので、ご存じかも知れません。
今、一生懸命、準備しております。
では。
Posted by 横浜のtoshi横浜のtoshi at 2010年08月01日 14:13


toshi さん
水を飲まされた!

いい事をしたつもりが、怨みになり仇で返される切ないものですね。
宴会のさなかの事、気がつかず、気は酒座にあったんですね。
匂いも臭気であり、気です。主人の取り巻きが、気がつかぬとは残念至極です。主人と気のきく取り巻きが、会社の繁栄につながるような気がします。主人に一歩下がり直言できる取り巻きが、必要であるとおもいました。どんな身なりでも、心すべきことだと思いました。
ありがとうございました。
Posted by 仲本勝男仲本勝男 at 2010年08月01日 12:39


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