大謝名の水 ~琉球沖縄の伝説

2011年05月05日

Posted by 横浜のトシ(爲井) at 20:20│Comments(4)琉球沖縄の伝説・沖縄本島編

みんなで楽しもう!
~琉球沖縄の、先祖から伝わってきたお話~

奄美・沖縄本島・沖縄先島の伝説より、第136話。


大謝名(おおじゃな)(みず)



 (むかし)首里(しゅり)から()たある旅人(たびびと)が、宇地泊(うちどまり)(むら)にやって()て、一夜(いちや)宿(やど)をお(ねが)いしました。宇地泊(うちどまり)(ひと)が、金持(かねも)ちだったか、貧乏人(びんぼうにん)だったか、わかりませんが、その()大晦日(おおみそか)(ばん)で、()めることは出来(でき)ないと(ことわ)り、(とな)りの(むら)(ゆた)かだから、そっちへ()けと()ったそうです。
 旅人(たびびと)(むら)()(とき)宇地泊(うちどまり)には(みず)()さないから、よその(むら)(かよ)って(みず)()めと(つぶや)いて()りました。
 そして旅人(たびびと)は、大謝名(おおじゃな)(むら)()き、やはり一夜(いちや)宿(やど)をお(ねが)いしました。その(いえ)は、大変(たいへん)(まず)しいながらとても仲睦(なかむつ)まじい、お(じい)さんとお(ばあ)さんの二人(ふたり)()らしでした。老夫婦(ろうふうふ)は、こんな場所(ばしょ)()ければと、(こころよ)旅人(たびびと)()めたそうです。
 ただ老夫婦(ろうふうふ)は、ここには、ろくな()(もの)もなく、(いも)(すこ)ししかないのですと()い、自分達(じぶんたち)(ぶん)としても(すく)なすぎる(いも)を、旅人(たびびと)にあげたのでした。
 すると旅人(たびびと)は、老夫婦(ろうふう)()かって()うことには、
 「どうか、(かま)(みず)()れて()()かして(いただ)けないでしょうか」と。
 旅人(たびびと)(ねが)(どお)老夫婦(ろうふうふ)()()かすと、旅人(たびびと)はサグラナイーゲーという(もの)()()して(かま)(みず)をゆっくり()()(はじ)めたそうです。すると、みるみる(なべ)(なか)が、お(こめ)御飯(ごはん)一杯(いっぱい)()たされて、三人(さんにん)仲良(なかよ)()べたそうです。
 旅人(たびびと)(むら)()(とき)大謝名(おおじゃな)(むら)には、(みず)豊富(ほうふ)()そうと(つぶや)いて、(むら)()りました。
 こんな()(つた)えが、大謝名村(おおじゃなそん)では(かた)()がれ、人々(ひとびと)(みず)感謝(かんしゃ)しながら、大切(つか)使(つか)ってきました。
 そのため(いま)でも(みず)豊富(ほうふ)であるそうな。

 
※この話の参考とした話
高木~「古市の井戸」
柳田~「弘法水」
沖縄本島・沖縄県宜野湾市大山~『宜野湾市史』第五巻資料編四 民俗
沖縄本島・沖縄県石川市(うるま市)~『いしかわの民話』下巻 伝説編
沖縄本島・沖縄県中頭郡読谷村喜名~『喜名の民話』読谷村民話資料2
沖縄本島・沖縄県中頭郡読谷村儀間~『儀間の民話』読谷村民話資料5
沖縄本島・沖縄県中頭郡読谷村長浜~『長浜の民話』読谷村民話資料3


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●伝承地
高木~「古市の井戸」
柳田~「弘法水」
沖縄本島・沖縄県宜野湾市大山~昔、ある旅人がですね、これは首里からきた者でしょうね。宇地泊の部落にやってきて、「ちょっと一夜明かさせて下さい」とお願いしたらしい。この宇地泊の人は金持ちだったのか、貧乏だったのかわからんけど、その日は大晦日の晩だったらしい。ところが宇地泊の人は、「泊めることはできません。隣部落は豊かな所だからあっちへ行って下さい」と断ったそうですよ。そうしたらこの旅人は、「宇地泊には、水は出さんからな。よその部落に通って水を飲みなさい」と言うたらしいですよ。そして、この旅人は大謝名部落へ行って一夜の宿を乞うたらしい。そこは貧しいお爺さんとお婆さんの二人暮らしだったらしいんだが、快くひきうけたそうだ。そうして、「ここは何も食べるものがなくて、米も何もないんですが……」と言って、さつま芋を少し出してあげたそうだ。「そんなら釜に水を入れて湯を沸かしなさい」と旅人が言ったんで、そのとおりに湯を沸かすと、旅人はサグラナイーゲーというものでそれをかきまぜたそうだ。すると、鍋の中にはお米のご飯がいっぱいできてですよ。皆で食べたそうだ。それからまた旅人は、「あんた方の部落には、水を豊富に出すからな」と言われたそうです。その伝えから大謝名部落では、今でも水が豊富なんですよ。(『宜野湾市史』第五巻資料編四 民俗)
沖縄本島・沖縄県石川市(うるま市)~貧乏なお爺さんとお婆さんが、大晦日の晩、食べ物も無く困っていた。すると、みすぼらしい恰好をした人がやって来て、一晩泊めてくれないかと言った。しかし二人は何のもてなしも出来ないので、泊めるわけにはいかないと断ったそうだ。翌朝その家には沢山の白米が積まれていたそうだ。(『いしかわの民話』下巻 伝説編)
沖縄本島・沖縄県中頭郡読谷村喜名~金持ちの家で泊めてもらえなかった人が、貧乏な老夫婦の家で大変親切にしてもらった。それで、その人は自分が帰ってから開けるようにと、箱を置いて行った。中には沢山の宝物が入っていた。(『喜名の民話』読谷村民話資料2)
沖縄本島・沖縄県中頭郡読谷村儀間~旅人を快く泊めた貧乏人の家には、炭が積まれていた。翌日それは俵銭になっていた。(『儀間の民話』読谷村民話資料5)
沖縄本島・沖縄県中頭郡読谷村長浜~神様が貧乏な老夫婦に、泊めてくれとお願いした。二人は家が狭いことを心苦しく思ったが、それでもいいと言うので泊めてやった。翌朝二人が起きた時には神様の姿は無かったが、黄金が置かれていたそうだ。また二人は急に若返った。逆に泊めるのをことわった金持ちは、一層歳をとってしまったと言う。(『長浜の民話』読谷村民話資料3)


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アリスさま、こんにちは。

アリスって素適な名前ですね。
個人的には、幼い頃に読んだ、不思議の国のアリスの、夢一杯の世界を思い出してしまいます。

この話は、沖縄では、とっても有名な話で、
僕も、面白いと思います。
どうぞ、新聞に載せて、広めてください。
コメント、ありがとうございます。
では。
Posted by 横浜のtoshi横浜のtoshi at 2011年08月21日 08:56


おもしろいです
新聞に載せたい^^
Posted by アリス at 2011年08月20日 12:21


ルミさん、こんにちは。

子どもの頃、『情けは人の為ならず』の意味、
間違って、考えてたんです。

人に情けをかけると、かえって相手の為にならないから、
心を鬼にせよって意味だと、勝手に考えて、勘違いしてました~。(泣)

だから、
「情けは人のためではなく、いずれは巡って自分に返ってくるのであるから、
誰にでも親切にしておきなさい、
って意味だと知って、顔から火が出ましたヨ~。

あ~、恥ずかしい。
みんなには、ナイショに・・・・・・。
Posted by 横浜のtoshi横浜のtoshi at 2011年05月06日 07:42


横浜のtoshiさん
こんばんは~
似たような話しは、いろいろありますね。
私は宇地泊の地名が気になり (笑)…以前宇地泊で喫茶店をやっていた事があったので…親近感を持って読ませていただきました

『困っている人は助けなさい』それと

『情けは人の為ならず』
を教えている民話なんでしょうね

私も心したいと思います
ありがとうございます
Posted by ルミ at 2011年05月05日 22:23


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