牡馬の祟り~新『球陽外卷・遺老說傳』第32話

横浜のトシ

2012年11月04日 20:20


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~琉球沖縄に伝わる民話~

新訳球陽外卷(きゅうようがいかん)遺老(いろうせつでん)』第32話

牡馬(おうま)(たた)




 (とお)(いにしえ)(むかし)具志川(ぐしかわ/ぐしちゃー・)(ぐん・)宇竪(うけん/うちん・)(そん)に、多真利(たまい/たまり)という(もの)がいました。
 一頭(いっとう)(おす)(うま)()い、()(くば)って()(ふと)らせ、正月(しょうがつ)(さかな)にするために準備(じゅんび)しようとしました。
 十二(がつ)二十八(にち)になると、多真利(たまい/たまり)は、()(おの)(たずさ)え、その(おす)(うま)()()し、広々(ひろびろ)とした野原(のはら)()かおうとしました。
 (おす)(うま)は、一本道(いっぽんみち)(みち)すがら何度(なんど)何度(なんど)もいななき、その(こえ)調子(ちょうし)はとてももの(がな)しいものでした。
 そして(げん)目的(もくてき)野原(のはら)到着(とうちゃく)した(とき)のことです。
 多真利(たまい/たまり)(おの)()()って(ちか)づき、(いま)にも(ころ)そうとしました。
 即座(そくざ)にその(うま)は、四方(しほう)()かって(たか)らかにいななき、それから(まえ)両脚(りょうあし)()げると、(あたか)(ひと)がするように(ひざまず)いて命乞(いのちご)いするのでした。
 また(かな)わぬと()ると(ひがし)(かた)()かって、(たか)らかに三度(さんど)いななくなり、(ふか)(こうべ)()れるとそれぞれの前脚(まえあし)で、自分(じぶん)両目(りょうめ)(おお)(かく)したのでした。
 (つい)(うま)(おの)()けて自分(じぶん)非運(ひうん)(あまん)じて()()れたのでした。
 その()多真利(たまい/たまり)(つま)()が、(きゅう)(おも)(やまい)(かか)って、(ことごと)くみな()くなってしまいました。
 そして(いま)のこの()になって、多真利(たまい/たまり・)本人(ほんにん・)以外(いがい)子孫(しそん)はすでに()()えて、もはや()きている親族(しんぞく)がいるのかいないのか()わからないほどだそうです。
 この(こと)があってから(のち)宇竪(うけん/うちん・)(むら)(ひと)が、(おす)(うま)()うと、即座(そくざ)(うま)()んでしまいます。
 こういう理由(りゆう)でこの(むら)(ひと)は、いまだに()えて(おす)(うま)()ってまで(やしな)わないのだとそう(つた)わっています。



 
※注や解説

往古(おうこ)】~(ふる)くは「おうご」とも。往昔(おうせき)往昔(おうじゃく)()()った(むかし)大昔(おおむかし)(はる)(むかし)昔々(むかし)(いにしえ)
具志川(ぐしかわ/ぐしちゃー・)(ぐん・)宇竪(うけん/うちん・)(そん)】~具志川(ぐしかわ/ぐしちゃー・)間切(まぎり・)宇竪(うけん/うちん・)(そん)。「邑」は「村」に(おな)じ。
多真利(たまい/たまり)】~(ひと)()
牡馬/雄馬(おうま/ぼば)】~(おす)(うま)。おすうま。(めす)(うま)牝馬(めうま)
(やしな)う】~食物(しょくもつ)(あた)えて()う。
留心(りゅうしん)】~(こころ)(とど)めること。よく()をつけること。注意(ちゅうい)(はら)う。留意(りゅうい)
肥満(ひまん)】~(からだ)普通(ふつう)以上(いじょう)()(ふと)ること。
正月(しょうぐゎち/そうぐゎち)】~旧暦(きゅうれき)正月(しょうがつ)(ふる)く、旧暦(きゅうれき)睦月/一月(むつき)を、「しゃうぐゎつ/しゃうぐゎち」と発音(はつおん)し、そのまま琉球(りゅうきゅう)にも(つた)わって(のこ)ったと(かんが)えられる。近年(きんねん)は「正」の発音(はつおん)を「しょう/しょー/そう/そー」などと表記(ひょうき)するが、琉球(りゅうきゅう)では「しゃうぐゎち」「しゃーぐゎち」と()ってきたのではないだろうかと(かんが)えられる。
(さかな)】~「餚」=「肴」。(めし)(さかな)()える副食物(ふくしょくもつ)総称(そうしょう)。おかず。鳥獣(ちょうじゅう)(にく)魚介(ぎょかい)野菜(やさい)など。
臘月(ろうげつ)】~ 陰暦(いんれき)十二月(じゅうにがつ/しはす)異称(いしょう)
斧刃(おのば)】~小型(こがた)手斧(ちょうな/ておの)(たい)して大型(おおがた)(おの)
()】~「引く/曳く/牽く」。()(づな)をとって)()()す。
曠野/広野/昿野(こうや/ひろの)】~広々(ひろびろ)とした野原(のはら)
一路(いちろ)】~一筋(ひとすじ)(つづ)(みち)
屡々(しばしば)/屡ゝ(しばしば)/屢々(しばしば)/屢ゝ(しばしば)】~何度(なんど)何度(なんど)も。度々(たびたび)。しょっちゅう。しきりに。
(いなな/いな)く】~(うま)声高(こえたか)()く。いななく。
声音(こわね)】~ 「声音(せいおん)」が、(こえ)()なのに(たい)して、「声音(こわね)」は、(こえ)調子(ちょうし)、こわいろの()
既/已(すで)に】~以前(いぜん)に。(まえ)に。もはや。とっくに。どう()ても。(げん)に。すっかり。まったく。もう(すこ)しで。(いま)にも。「既/已(すんで)に」の場合(ばあい)は、もう(すこ)しで、ある(この)ましくない事態(じたい)になりそうなさま。すんでのこと。すんでのところ。
(まさ)に・・・・・・せんとす】~(いま)にも・・・・・・しようとする、なろうとする。
(いた)ふ】~甚振(いたぶ)るの()か。
即/則/乃/便/就(すなは)(すなわち)】~現代仮名遣(げんだいかなづか)いでは「すなわち」。()いかえれば。つまり。とりもなおさず。まさしく。その(とき)は。そうすれば。その(とき)(むかし)。あの(ころ)当時(とうじ)即座(そくざ)に。()ぐに。たちまち。もう。(すで)に。
四方(しほう/よほう/よも)】~ 東西南北(とうざいなんぼく)、または、前後左右(ぜんごさゆう)()つの方向(ほうこう)
(しこう/しか)して】~「(しかく)して」「(しか)して」から(てん)じたもの。漢文(かんぶん)訓読(くんどく)(もち)いられた()。そうして、それに(くわ)えて、の()
双足(そうそく)】~両脚(りょうあし)
(あたか)も】~まるで。
跪座(きざ)】~(ひざまず)くこと。
(おお)う】~「(おお)う」に(おな)じ。
(ぞう)す】~(なか)(ふく)むように(おお)う。
(つい)に】~「(つい)に」「(つい)に」とも。ついに。とうとう。しまいに。結局(けっきょく)最後(さいご)に。()わりに。また(「(つい)ぞ」に(おな)じで)、(いま)までに一度(いちど)も。(いま)(かつ)て。
死地(しち)(おもむ)く】~この場合(ばあい)()非運(ひうん)などを甘受(かんじゅ)するの()
()の】~「()」は「()」に(おな)じ。
倏然(しゅくぜん)】~(きゅう)であるさま。(にわか)様子(ようす)、さま。
(ことごと)く】~(のこ)らず。すべて。みな。
()つ】~()てる。
今世(こんせい/こんせ/こんぜ)】~(いま)時代(じだい)(いま)のこの()。この()現世(げんせ)現代(げんだい)。あくまでこの(ぶん)()かれた琉球時代(じだい)における「今世」。
()】~自分以外(じぶんいがい)
(たおれ/くたば)る】~()ぬ。
(これ)れに()りて】~「()れに()りて」とも。漢文(かんぶん)訓読語(くんどくご)接続詞的(せつぞくしてき)(もち)いる。)このことによって。こういう(わけ)わけだから。こういう理由(わけ)で。
(あえ)て】~「()えて」に(おな)じ。
【しか()う】~文末(ぶんまつ)()いて、上述(じょうじゅつ)(どお)りという()(あらわ)す。
【原文】往古之時具志川郡宇堅邑有多眞利者養一牡馬留心肥滿要備正月之餚臘月二十八日多眞利手携斧刀牽其牡馬要至曠野牡馬一路屡嘶聲音甚哀已至其野多眞利執斧近來將傷牡馬即其馬轉向四方而高嘶而曲前雙足恰如跪坐亦向東方高嘶三聲深垂頭腦以其兩足揜藏其兩眼遂受斧斤而就死地焉厥後多眞利妻子倏忽深病悉皆棄世至于今世他子孫已絶已無有世在矣自此之後宇堅邑人收養牡馬即刻馬斃由是其邑之人未肯養牡馬云爾


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