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~琉球沖縄に伝わる民話~
新訳『球陽外卷・遺老說傳』第50話
真川の由来
遠い昔の時代、真和志郡識名村に、一つの水が湧き出る井泉がありました。
その清らかなことは溜まった水の底まで透けるほどで、また水の味はこの上なく甘いものでした。
この井泉の北に一人の女性が住んでいて、名前を真嘉戸といいました。
生まれつきたいそう聡明な女性で、また容姿容貌は国を傾かせかねないほどの美女でした。
ある日のこと、この女性が、この井泉に行って水を汲んでいる時、王が、たまたまこの地を通り過ぎ、俄に彼女を見るなり、深くご寵愛を寄せ、首里城の内宮にお召し抱えになって側室にしたのでした。
その後も、彼女は王のご寵愛を受け、名前以外に号を頂戴して、それを真嘉戸樽按司といいます。
そしてその井泉は真嘉戸井と名付けられましたが、近世に至るとそれは真川と改名されたそうです。
※注や解説
【往昔】~過ぎ去った昔。大昔。往古。昔々。遙か昔。古。
【真和志】~以前の発音は「まーじ」など。真和志、沖縄県那覇市中央部の一地区とされてきた。かつては真和志間切。一九〇八年四月、島尻郡真和志村に。1953年10月、真和志市に。一九五七年十二月、那覇市に編入合併。
【識名】~地名。以前の発音は「しちな」など。
【邑】~「邑」の字は、もともと古代中国の都市国家を示し、転じて、地方都市、集落を表すようになった漢字。琉球国は、長く中国の冊封体制に組み込まれてきた影響で、慣例として漢字の音読みが多いのが特徴的。地名や姓名など。沖縄の「邑」=「村」もまた、その慣例から、すべて「そん」と発音。
【一泉】~一つの泉
【井】~井泉。井戸。湧き水。川。
【清潔】~汚れがないこと。衛生的であることや、そのさま。人柄や行いが清らかで、嘘や誤魔化しがないことや、そのさま。
【水味】~水の味。
【最も】~尤も、とも。この上なく。最高に。いちばん。何よりも。きわめて。はなはだ。
【眞嘉戸】~眞=真。じんめい。
【質資】~資質。生まれつきの性質や才能。資性。天性。
【聰明】~聰=聡。物事の理解が早く賢いこと。また、そのさま。神に供える餅や、きびなど。
【姿色】~容姿。みめかたち。
【国を傾く】~日本では美女や遊女を傾城、傾国と呼ぶ。傾国の美女とは、国を傾けるほどの美女、つまり君主がその美しさに溺れて、遂には国家存立を危うくする、それほどの美女を意味する。
【一日】~ある日、先日、の意。
【倏然】~急であるさま。俄な様子。
【思慕】~思い慕うこと。恋しく思うこと。ご寵愛を受けること。
【内宮】~首里城内宮、「御内原」。首里城は、御庭を筆頭とする「表」の公的空間と、御内原という私的空間である「内」からなり、区別されていた。御内原への出入りは、淑順門と、寄満の中門で、厳重に行われた。御内原は、国王とその家族、そして仕えるたくさんの女官が生活する場であり、王家を除いて男子禁制であった。御内原での祭儀の際などには女官たちが正殿一階と後之御庭の間を行き来した。御内原の主な施設は、国王と王妃の居室や寝室の黄金御殿や二階御殿、女官の詰め所の女官居室、王の即位の儀を執り行う世誇殿、先王を祀った寝廟殿、王家の料理を作る寄満、浴場の湯屋、宝物保管所の金蔵など。
【妾】~一人称の人代名詞。女性が自分を謙っていう語。わらわ。わたくし。正妻の他に、愛し養う女性。ひいきにすること。また、その者。めかけ。そばめ。おみなめ。おんなめ。側室、上臈。
【蒙り】~何かを与えられる。 被害を受ける。神仏や目上の者から与えられたものを受け入れる。
【号を賜はりて】~本名の他の名を頂戴して。
【眞嘉戸樽按司】~眞=真。妃を御妃、姫を王姉妹部、そして側室夫人を女按司といった。
【眞嘉戸井】~井泉の名。
【真川】~井泉の名。近世以降の真嘉戸井の名。
【原文】~往昔之世眞和志郡識名邑有一泉之井淸潔徹底水味最甘矣此井之北有一婦女名曰眞嘉戸質資聰明姿色傾國一日此女往井汲水時王偶過此地倏然見之深以思慕召入内宮爲妾後蒙寵愛賜號曰眞嘉戸樽按司因名其井曰眞嘉戸井至于近世改名眞川
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