島建国建 ~琉球沖縄の伝説

2010年10月30日

Posted by 横浜のトシ at 20:20│Comments(0)琉球沖縄の伝説・奄美編

みんなで楽しもう!
~琉球沖縄の、先祖から伝わってきたお話~

奄美・沖縄本島・沖縄先島の伝説より、第18話。


島建国建



 むかしむかしのお話です。
 島コーダ国コーダが、島を(つく)りましたが、島の地面の土が、(やわ)らかくてぐらついて()れ、ここを()むとあちらが上がり、あちらを踏めばこちらが上がるといった具合(ぐあい)なので、仕方(しかた)なく、神さまに相談(そうだん)しました。
 神さまは、あなた(ほど)(かた)でも、その方法(ほうほう)を知りませんでしたかと言いながら、東の(きし)に黒石を()いて、西の岸に白石を置くようにすればよいのだと(おし)えてくださいました。
 さて、(くに)建設(けんせつ)できたものの、島コーダ国コーダは、人間を造ることが出来(でき)ませんでした。
 そこで(また)、神さまに相談しました。
 すると神さまは、土(ほとけ)さまを造って(いき)()()むと人間が出来(でき)ますよと、(おし)えてくださいました。
 早速(さっそく)その通りにしてみると、おとなの人間は造れましたが、子どもが出来ません。如何(いか)なる方法なら子どもが造れるのか、(また)、神さまに相談しました。
 すると神さまは、(おとこ)の家を風上(かざかみ)(つく)って、(おんな)の家を風下(かざしも)に造りなさいと、教えてくれました。
 その通りに家を造ってみたところ、風上の男の(いき)が、風下の女に息にかかって、子どもが出来(でき)るようになったのでした。
 さて、子どもが出来(でき)るようになると、次に、人間が食べる物をどうすればよいのか、(また)、神さまに相談しました。
 神さまは、龍宮(りゅうぐう)へ行って、食物(しょくもつ)(たね)(もら)って()て人間に作らせるのだと、教えてくださいました。
 そこで、島コーダ国コーダは、神さまの教えに(したが)って龍宮に行きました。そして、龍宮の神さまの大主(うふぬし)に、食物の種を下さいとお願いしました。
 すると大主(うふぬし)から、先に初穂祭(はつほさい)をしなさいと言われました。それをしてからでないと、食物の種はあげられないけれども、それをすればきっと希望(きぼう)(かな)えて差し上げようと言われました。
 しかしながら、島コーダ国コーダは、やっとのことで苦労(くろう)して龍宮までやって来たのに、手ぶらで(もど)るのが(いや)になり、こっそり龍宮の田圃(たんぼ)(いね)()()()って(ぬす)むと(たもと)(かく)すなり、龍宮から(にげ)(かえ)ってしまったのでした。ところが、ニシントーバルアメノカタバルという場所まで来たところで、追いかけてきた龍宮の神さまの大主(うふぬし)に捕まって()(たお)され、死んでしまいました。
 一方(いっぽう)、一日()っても二日経っても、島コーダ国コーダが(もど)って()ないため、(てん)の神さまは心配(しんぱい)して、使(つか)いの(もの)を送って消息(しょうそく)(たず)ねさせました。そして、使いの者は、ニシントー(バル)アメノカタ(バル)で、島コーダ国コーダが無惨(むざん)姿(すがた)で死んでいるのを見つけたのでした。
 そして天の使者(ししゃ)(くすり)を飲ませたところ、島コーダ国コーダは、()(かえ)ったのでした。後に、神さまから事情(じじょう)()かれて正直にありのままを話したところ、(ぬす)んだ稲の穂を龍宮に返しに行って(あやま)って、そして、(あらた)めて、何とか稲の穂を分けて(いただ)けないでしょうかと御願いするように神さまから、教えられました。
 島コーダ国コーダは、(ふたた)び龍宮に行き、自分がしたことを(あやま)り、()った稲穂(いなほ)を元の()にくっつけて、帰ってきました。それから、新祭(あらまつ)()(おこな)ってから(のち)、龍宮に再び出掛(でか)けて()き、龍宮の神さまの大主(うふぬし)に、今度(こんど)(いね)(たね)(もら)って()ることができました。
 その時の稲が、奄美大島に、(ふる)くからあるところの、アサナツヌヨネゴンダネなのだそうな。


 
※この話の参考とした話
『おきのえらぶ昔話』
奄美・鹿児島県大島郡沖永良部島~『おきのえらぶ昔話』


Copyright (C) 横浜のtoshi All Rights Reserved.


●伝承地
奄美・鹿児島県大島郡和泊町出花~
 島コーダ国コーダが島を建設して、
Shimakōda-kunikōda gasnima fnnudi,
 島を建設したが島が地揺れし、土がぐらついて、
Shima wa funudashiga shima nu jiiyutamichi shi, micha nu yugumichi
 ここ踏めばかしこ上り、かしこ踏めばここ上り、
fuma kumiba ama agari, ama kumiba fuma agari,
 仕方がないので神に相じた(相談した)。相じた処が神様が言われる。
 汝程の島コーダ国コーダ、その位の事が分らなかったのか、
Ura fudu nu Shimakōda-Kunikōda, unugure nu kutu wakara-dan a atina,
 東の岸には黒石置け、西の岸には白石置け。
agari nu kishi niwa kuruishi uki, iri nu kishi niwa shiruishi uki.
 国は建設したが、人間造る事が出来ない。
Kuni wa funudashiga ningin tsukuyunu kutu ga dikiramu.
 又神に相じた。神様は、土で仏様のごと造って、息をこめれば人間が出来る、と言われる。人間は造ったが子の出来る方法は如何であろうか。又神様に相じた。神様が言われる。
 えけが(男)の家は風上に造れ、女子の家は風下に造れ。
Yikiga nu yā wa uwara ni tsukuri unagu nu yā wa shāra ni tsukuri.
 造った処が、風上の男の息が、風下の女に息にかかって、子が出来るようになった。子が出来るようになったが、食べるものは如何。又神様に相じた。神様が言われる。
 ニラが島(竜宮)で、物種を貰って来て、作らすることせよ。
Niragashima iji munudani murati kichi chikurasunu kutu shiri.
 島コーダ国コーダは神様の教えに従いニラが島へ行った。そうしてニラの大主(うふぬし)にお願いしたら、
 初穂祭をしない故、物種は出されぬ。新祭(あらまつ)をした上で上げよう。
Ufatsu matui nantuni, munudani wa ijasaramu……
 と言われる。そこで島コーダ国コーダ、
 これ程の島のコーダ国コーダが来たる上、ただ戻る事はならじ、
kunnu Shimakōda-kunikōda ga kicharu ui tada mudu nu kutu wa naraji,
 と言って、田圃の稲の穂を摘み切って袂に隠し、ニラが島から逃げ帰った。そうしてニシントーバルアメノカタバルという処まで来たら、ニラの神様に追いつかれ、打倒されて気が遠くなって死んだ。
 一日しても二日たっても、島コーダ国コーダが戻って来ない。天の神様が心配されて、使いを遣って尋ねさせた処が、ニシントー原アメノカタ原に、目こぼれ鼻こぼれして死んでいた。
mii kuburi fana kuburi shi mōi shi uta mu.
 天の使が薬を飲ませると、島コーダ国コーダは生返った。神様は事情を聞かれ、その穂はもとに返して、あらためて貰い受けて来るように言われた。島コーダ国コーダは再びニラが島へ行って、盗って来た穂をもとの穂に接いで、新祭をすませて後改めて穂種を貰って来た。その稲がこの島に古くからある、アサナツヌヨネゴンダネ(asanatsu-nu-yunigundani)である。(『おきのえらぶ昔話』)
奄美・鹿児島県大島郡沖永良部島~島コーダ島テーシが永良部の国を建てた。建てる時ニラの大主が東の大潮、西の大潮を干かせた。最初島は浮いており、ぐらついていた。島コーダ、島テーシが西の崎に白石、東の崎に黒石をおいた。太陽の神にお願いしたら、子の星と午の星をおろしてくれた。子の星はエケリで午の星はウナリで二人の息子ができた。(『おきのえらぶ昔話』)


同じカテゴリー(琉球沖縄の伝説・奄美編)の記事

コメント以外の目的が急増し、承認後、受け付ける設定に変更致しました。今しばらくお待ち下さい。

※TI-DAのURLを記入していただくと、ブログのプロフィール画像が出ます。もしよろしければ、ご利用下さい。(詳細はこの下線部クリックして「コメ★プロ!」をご覧下さい。)
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。
琉球沖縄の伝説・奄美編」 新着20件  → 目次(サイトマップ)       設置方法