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~琉球沖縄の、先祖から伝わってきたお話~
~琉球沖縄の、先祖から伝わってきたお話~
奄美・沖縄本島・沖縄先島の伝説より、第54話。
花ぬ カジマヤー の由来
それはむかし
なかなか
そして、
ところが自分がつくった人形が、
そんな
そしてその老人が人形を手に取り、今にも地面に
天の神が
「お
すると
「
私は天の神であると答えると、老人は、自分は
地の神は、
すると天の神は、もし
もしも人形に
そして
こうして、この
そしてそれから
地の神さまが、天の神さまの前に現れ、
すると地の神は、九十七年の
すると、天の神が
「
あと
あるいは
どうか
そう
地の神は天の神の話を聞きながら、じっと人間たちの
そして言うことには、
「私は
私はかつて、人形に
そこで、九十七
こうして、それから
※この話の参考とした話
①沖縄本島・沖縄県うるま市大田
②沖縄本島・沖縄県中頭郡読谷村瀬名波
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●伝承地
①沖縄本島・沖縄県うるま市大田~沖縄では、花のカジマヤーといって、九十七歳になるとお祝いをするが、百歳の花のカジマヤーのお祝いを九十七歳でやるとはどういういわれからきているかという話。昔、この地に人という者がまだ生まれてなかった頃の話。天の神様が、この地に下りていらっしゃって、あたりをごらんになると、たいへんやわらかい土がある。いたずらをして遊んでいるうちに、人の形をおつくりになったので、「これは上等な人の形ができたな。これに息を吹き込んで人間というものをつくってみよう」天の神様は、そう思いになって六つの人形をつくり、明日の朝、太陽が昇ると同時に人形に息を吹き込んでみようと、人形を木の下において天に昇られた。
翌日、神様は、夜の明けぬうちに、人形に息を吹き込むために下りてこられた。しかし、自分がつくっておいてあった人形は、さんざんにこわされ、元の土になっていた。「こんないたずをしたのは何者だろう」とたいへんお怒りになったが、もう一度つくって、明日の朝吹き込んでやろうと、六体の人形をおつくりになった。そして、木の下において天に昇られた。だが、翌日、降りてこられた時には、きのうのように六体の人形は、さんざんにこわされていた。「これは何者がやったのだろう」とご立腹され、それでも、「明日までは、やってみよう」とおっしゃって六体の人形をまたもおつくりになった。そして、「今度は許してはおけない」と、天に昇らず、木の陰にかくれて様子をうかがうことにした。
夜半過ぎ、地が真っ二つに割れて、中からまばゆいばかりの光が輝き、そこから、白髪の老人が現れてきた。そして、老人は土でつくった人形を取って、いまにも地面に投げつけようとしている。「まて」天の神様がそれを止めた。「お前だな、私の人形をさんざんこわしていたのは」「お前はだれだ」と老人が聞くので、「私は天の神だ」と答えると、「お前だな、私のゆるしもなく、ここの土をつかっていろんなものをつくっていたのは」「お前はだれだ。」と今度は天の神が聞くと、「私は地の神である。ここは私のゆるしなくかんたんに使ってはならない。どうしてお前はこんないたずらをしたのか」といった。これには天の神様も、「恐れいりました。」とひざまずいて謝った。そして、「この人形をなんとか私に貸して下さい」と頼んだ。「貸してもよいがいつ返すのか」「百年たったら返します」「まちがいなく百年たったら返してくれるだろうな」「返します。
せっかくこのようにきれいにつくったのにこわしてしまうのはもったいない。恩にきますので、私の思う通りにさせて下さい」
百年間借りることになった天の神様は喜んで天に昇り、翌朝降りていらっしゃって、太陽が昇ると同時に人形に息を吹き込まれた。それから男女の人間ができ、我々人間は広がっていった。あれから九十七年がたった。地の神様が現れて、天の神様に、「もう百年たったので返してくれ」とおっしゃった。「百年はまだたってない。まだ九十七年しかたってない」と天の神様がおっしゃると、「いや、九十七年の間には閏年が三年あって、それを合わせると、ちょうど百年になる。返してくれ」「せっかく、こうして生きている者を返すわけにはいきません。それに人形の中には、二歳や三歳でなくなったのや二十歳過ぎで死んだ者もいます。九十七年生きているのはわずかです。それを考えると、あと百五十年ほど貸してやって下さってもいいようなものです。ぜひ貸して下さい」「それでは、九十七年たったら、この人形に子どもの格好をさせ、花のカジマヤー(風車)を持たせてこの日生まれたという印を見せてくれ。私は地の神であっても私より上の神様もいらっしゃるので、これは今生まれたのだ、と思わせなくてはならない。花のカジマヤーを持たしてお前たちはお祝いをしなさい」と地の神様がおっしゃった。それから花のカジマヤー祝いをするようになった。(『ふるさとの昔ばなし 具志川市の民話(一)』)
②沖縄本島・沖縄県中頭郡読谷村瀬名波~或る人が六七歳位の時に家を出たまま帰らなかった。それから歳月が流れて、家の者が父親が家を出て三十三年目になるので、スーコー(焼香)をしてあげようと準備しているところへ、死んだとばかり思っていた父親が、カジマヤーを持って庭先に現れたそうだ。それで、喜んだ家族はスーコーに使おうと思って準備した御馳走で父親が返って来たお祝いをした。それが丁度九月九日だったという事で、カジマヤーの祝いが始まったそうだ。(『瀬名波の民話』読谷村民話資料4)
①沖縄本島・沖縄県うるま市大田~沖縄では、花のカジマヤーといって、九十七歳になるとお祝いをするが、百歳の花のカジマヤーのお祝いを九十七歳でやるとはどういういわれからきているかという話。昔、この地に人という者がまだ生まれてなかった頃の話。天の神様が、この地に下りていらっしゃって、あたりをごらんになると、たいへんやわらかい土がある。いたずらをして遊んでいるうちに、人の形をおつくりになったので、「これは上等な人の形ができたな。これに息を吹き込んで人間というものをつくってみよう」天の神様は、そう思いになって六つの人形をつくり、明日の朝、太陽が昇ると同時に人形に息を吹き込んでみようと、人形を木の下において天に昇られた。
翌日、神様は、夜の明けぬうちに、人形に息を吹き込むために下りてこられた。しかし、自分がつくっておいてあった人形は、さんざんにこわされ、元の土になっていた。「こんないたずをしたのは何者だろう」とたいへんお怒りになったが、もう一度つくって、明日の朝吹き込んでやろうと、六体の人形をおつくりになった。そして、木の下において天に昇られた。だが、翌日、降りてこられた時には、きのうのように六体の人形は、さんざんにこわされていた。「これは何者がやったのだろう」とご立腹され、それでも、「明日までは、やってみよう」とおっしゃって六体の人形をまたもおつくりになった。そして、「今度は許してはおけない」と、天に昇らず、木の陰にかくれて様子をうかがうことにした。
夜半過ぎ、地が真っ二つに割れて、中からまばゆいばかりの光が輝き、そこから、白髪の老人が現れてきた。そして、老人は土でつくった人形を取って、いまにも地面に投げつけようとしている。「まて」天の神様がそれを止めた。「お前だな、私の人形をさんざんこわしていたのは」「お前はだれだ」と老人が聞くので、「私は天の神だ」と答えると、「お前だな、私のゆるしもなく、ここの土をつかっていろんなものをつくっていたのは」「お前はだれだ。」と今度は天の神が聞くと、「私は地の神である。ここは私のゆるしなくかんたんに使ってはならない。どうしてお前はこんないたずらをしたのか」といった。これには天の神様も、「恐れいりました。」とひざまずいて謝った。そして、「この人形をなんとか私に貸して下さい」と頼んだ。「貸してもよいがいつ返すのか」「百年たったら返します」「まちがいなく百年たったら返してくれるだろうな」「返します。
せっかくこのようにきれいにつくったのにこわしてしまうのはもったいない。恩にきますので、私の思う通りにさせて下さい」
百年間借りることになった天の神様は喜んで天に昇り、翌朝降りていらっしゃって、太陽が昇ると同時に人形に息を吹き込まれた。それから男女の人間ができ、我々人間は広がっていった。あれから九十七年がたった。地の神様が現れて、天の神様に、「もう百年たったので返してくれ」とおっしゃった。「百年はまだたってない。まだ九十七年しかたってない」と天の神様がおっしゃると、「いや、九十七年の間には閏年が三年あって、それを合わせると、ちょうど百年になる。返してくれ」「せっかく、こうして生きている者を返すわけにはいきません。それに人形の中には、二歳や三歳でなくなったのや二十歳過ぎで死んだ者もいます。九十七年生きているのはわずかです。それを考えると、あと百五十年ほど貸してやって下さってもいいようなものです。ぜひ貸して下さい」「それでは、九十七年たったら、この人形に子どもの格好をさせ、花のカジマヤー(風車)を持たせてこの日生まれたという印を見せてくれ。私は地の神であっても私より上の神様もいらっしゃるので、これは今生まれたのだ、と思わせなくてはならない。花のカジマヤーを持たしてお前たちはお祝いをしなさい」と地の神様がおっしゃった。それから花のカジマヤー祝いをするようになった。(『ふるさとの昔ばなし 具志川市の民話(一)』)
②沖縄本島・沖縄県中頭郡読谷村瀬名波~或る人が六七歳位の時に家を出たまま帰らなかった。それから歳月が流れて、家の者が父親が家を出て三十三年目になるので、スーコー(焼香)をしてあげようと準備しているところへ、死んだとばかり思っていた父親が、カジマヤーを持って庭先に現れたそうだ。それで、喜んだ家族はスーコーに使おうと思って準備した御馳走で父親が返って来たお祝いをした。それが丁度九月九日だったという事で、カジマヤーの祝いが始まったそうだ。(『瀬名波の民話』読谷村民話資料4)
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バイバイウチナーさん、初めまして。
ひたすら、地道に本を読む、
ただ僕の場合は、それだけなんです。
あまり、人の事は、気にしないようにしています。
どこへ行っても、
都会でも田舎でも、日本でも外国でも、
誠実・真面目な人と、そうでない人は、いたりするものです。
ただ、それだけのことです。
コメント、ありがとうございます。
では。
ひたすら、地道に本を読む、
ただ僕の場合は、それだけなんです。
あまり、人の事は、気にしないようにしています。
どこへ行っても、
都会でも田舎でも、日本でも外国でも、
誠実・真面目な人と、そうでない人は、いたりするものです。
ただ、それだけのことです。
コメント、ありがとうございます。
では。
Posted by 横浜のtoshi at 2010年12月06日 06:07
dedeさん、こんにちは。
民話なので、数については、深くは考えない方がいいです。
伝わるうちに、数は、色々と変わってしまいますから。
例えば、沖縄のマブイ(魂)は、場所により、3,5,7個と、数が違います。
旧暦で考えても、「97or100年に、閏年が3回」は、やはり変です。
約3年に1度、閏月を作って、その年は3ヶ月にして調整してました。
すると、4年に1度の今より、もっと多くなる筈です。
そこで個人的に思ったのは、
今の暦、太陽暦の、
1年が366日ある年、2月29日のある年を出す方法、
「西暦が400で割り切れる年は、閏年」 あたりの計算からの誤りかと、
勝手に思っていました。
ちなみに、世界中の暦の閏年って、いっぱいあって、驚きます。
そのうちの一つかも知れません。
那覇マラソンの応援、お疲れさまでした。
ブログ、楽しませて頂きました。
では。
民話なので、数については、深くは考えない方がいいです。
伝わるうちに、数は、色々と変わってしまいますから。
例えば、沖縄のマブイ(魂)は、場所により、3,5,7個と、数が違います。
旧暦で考えても、「97or100年に、閏年が3回」は、やはり変です。
約3年に1度、閏月を作って、その年は3ヶ月にして調整してました。
すると、4年に1度の今より、もっと多くなる筈です。
そこで個人的に思ったのは、
今の暦、太陽暦の、
1年が366日ある年、2月29日のある年を出す方法、
「西暦が400で割り切れる年は、閏年」 あたりの計算からの誤りかと、
勝手に思っていました。
ちなみに、世界中の暦の閏年って、いっぱいあって、驚きます。
そのうちの一つかも知れません。
那覇マラソンの応援、お疲れさまでした。
ブログ、楽しませて頂きました。
では。
Posted by 横浜のtoshi at 2010年12月06日 06:02
民話をぼちぼちあらためて読みながらヒントになるものが内心をヒットしないか思っていたところ、TOSHIさんのブログにイチャタンということになりました。有難く拝読するつもりです。まゆんがなしが犬年に着目しているということはその奥がありそうですね。地元の傲慢、よそ者の無礼が地域に交錯している無明だと思います。愛国バカ騒ぎの昨今、TOSHIさん、冷静なあなたに期待します。
Posted by バイバイウチナー at 2010年12月05日 23:06
こんばんは。
かじまやーにはこういった由来があったんですね。
勉強になりました。
ただ「九十七年の間(あいだ)に、閏年(うるうどし)が三回あり、それを合わせると百年」というところがいまいち理解できないのです。
うるう年は4年に1回あるので100年だと25回はあるかなと思うのですが私の勘違いでしょうか。
ところで那覇マラソン楽しめました。つくるんちゅさんは見つけることが出来ませんでしたが楽しい方がたくさんいらっしゃいました。
来年も見に行きたいですね。”自分も走りたい”とは決して言いません。(笑)
かじまやーにはこういった由来があったんですね。
勉強になりました。
ただ「九十七年の間(あいだ)に、閏年(うるうどし)が三回あり、それを合わせると百年」というところがいまいち理解できないのです。
うるう年は4年に1回あるので100年だと25回はあるかなと思うのですが私の勘違いでしょうか。
ところで那覇マラソン楽しめました。つくるんちゅさんは見つけることが出来ませんでしたが楽しい方がたくさんいらっしゃいました。
来年も見に行きたいですね。”自分も走りたい”とは決して言いません。(笑)
Posted by dede at 2010年12月05日 23:05
はいさい、今日(ちゅう)拝(うが)なびら、仲本さん。
何気ない1日1日の繰り返しが、
しだいしだいに重くなる、
それが歳をとることだと、
どこかの本に書いてありました。
ですから、ただ年をとったのとは、違いますよ~。
こちらこそ、いつも、ありがとうございます。
では僕はこれから、
9:15より、NHKの、沖縄と基地の特集を見て、また考えま~す。
では。
何気ない1日1日の繰り返しが、
しだいしだいに重くなる、
それが歳をとることだと、
どこかの本に書いてありました。
ですから、ただ年をとったのとは、違いますよ~。
こちらこそ、いつも、ありがとうございます。
では僕はこれから、
9:15より、NHKの、沖縄と基地の特集を見て、また考えま~す。
では。
Posted by 横浜のtoshi at 2010年12月05日 21:01
Posted by 仲本勝男 at 2010年12月05日 20:53
コメント以外の目的が急増し、承認後、受け付ける設定に変更致しました。今しばらくお待ち下さい。
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