鹿浦川の松淵 ~琉球沖縄の伝説

2011年05月31日

Posted by 横浜のトシ at 20:20│Comments(7)琉球沖縄の伝説・奄美編

みんなで楽しもう!
~琉球沖縄の、先祖から伝わってきたお話~

奄美・沖縄本島・沖縄先島の伝説より、第149話。


鹿浦川(しきゃうらごう)松淵(まつぶき)



 奄美(あまみ)徳之島(とくのしま)伊仙町(いせんちょう)に、鹿浦川(しきゃうらごう)(なが)れ、その下流(かりゅう)(はし)から五百(ごひゃく)(メートル)ほど(のぼ)った場所(ばしょ)に、松淵(まつぶき)()ばれている十平方(じゅうへいほう)(メートル)(ほど)(ふか)(ふち)があります。
 この(ふち)右岸(うがん)に、(なか)(たい)らな八疊敷(はちじょうじき)ぐらいの、ハタムンイョウという岩穴(いわあな)があります。
 むかし(むかし)の、お(はなし)です。
 阿三村(あさんそん)(うつく)しい女性(じょせい)マツが、阿権村(あごんそん)のお金持(かねも)ちの(いえ)奉公(ほうこう)していました。
 マツは、実家(じっか)から毎日(まいにち)阿権(あごん)まで(かよ)っていましたが、ある(とき)()きな男性(だんせい)と、(こい)()ちたのでした。
 マツは、奉公(ほうこう)()途中(とちゅう)にあるハタムンイョウに、(はた)()()みました。そして、奉公(ほうこう)への()(とき)は、(あさ)(はや)くに(いえ)()て、また(かえ)りもまたここにやって()ては、寸時(すんじ)()しんで、一心(いっしん)(いと)しい恋人(こいびと)のために(はた)()っていたそうです。
 ()()のことです。
 奉公先(ほうこうさき)からの(かえ)り、いつものように、マツは(はた)()っていました。いつもと(ちが)い、あと(わず)かで()()がるところまできていたので、(こころ)()()ちます。それこそ()きな(ひと)がいる乙女心(おとめごころ)というものなのでしょう。そのうちに気付(きづ)くと、()()れかけて、(あた)りが(くら)くなり(はじ)めました。
 するとマツは太陽(たいよう)()かって、懸命(けんめい)に、お(ねが)いしました。あと(すこ)しで()()がります。()わるまで、どうか()らして(くだ)さいと(たの)みました。
 すると太陽(たいよう)はマツの(ねが)いを()(とど)け、丁度(ちょうど)マツの(よこ)松淵(まつぶき)水面(すいめん)(うつ)()されていた(ふた)()太陽(たいよう)だけ、(のこ)してくれました。勿論(もちろん)その太陽(たいよう)は、マツと機織(はたお)りの周辺(しゅうへん)を、()らし(つづ)けました。そのお(かげ)()もなく、(なが)(あいだ)()(つづ)けてきた苦労(くろう)がやっと(みの)り、それはそれは見事(みごと)(ぬの)が、()()がったのでした。マツは、松淵(まつぶき)水面(すいめん)(うつ)()された太陽(たいよう)()かって深々(ふかぶか)(あたま)()げ、感謝(かんしゃ)しました。すると太陽(たいよう)はにっこりと微笑(ほほえ)むと()え、周囲(しゅうい)は、本来(ほんらい)(しず)かな(やみ)(つつ)まれたのでした。
 さて、(いと)しい恋人(こいびと)のため、(こころ)()めて()()げてきた(ぬの)完成(かんせい)し、それを(むね)()きしめるマツは、もう(うれ)しくて(うれ)しくてたまりません。すっかり(よる)()け、(あた)りは()(くら)でしたが、(こころ)(はず)み、マツの足取(あしど)りは(かろ)やかでした。
 (いそ)いで(はし)(わた)ろうとした(とき)(あし)()(はず)し、そのまま(した)(ふか)(ふち)()()まれていったのでした。
 それからというもの村人達(むらびとたち)は、この(ふち)をマツブキと()ぶようになりました。また、マツが(はた)()った岩穴(いわあな)を、ハタムンイョウ(織機洞穴)()うようになったそうです。
 なお(むかし)は、鹿浦川(しきゃうらごう)下流(かりゅう)というと(みず)豊富(ほうふ)で、この(ふか)(ふち)もまた青々(あおあお)とし、(おお)きなミキヨという(さかな)悠々(ゆうゆう)(およ)ぎ、村人(むらびと)()りを(たの)しんだそうです。けれども上流(じょうりゅう)にダムが(つく)られると(みず)はすっかり()って、(さかな)川海老(かわえび)などは、すっかり()ってしまったそうな。


※この話の参考にさせて頂いたお写真は、以下。


http://katsuobushi.ti-da.net/e3068394.html





※この話の参考とした話
柳田~「機織淵」
奄美・鹿児島県大島郡伊仙町阿三~『伊仙町誌』
奄美・大島郡伊仙町阿三~『詩と花の徳之島』
奄美・大島郡伊仙町阿権~『徳之島民話集』
奄美・大島郡伊仙町伊仙~『徳之島の昔話』


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●伝承地
柳田~「機織淵」
奄美・鹿児島県大島郡伊仙町阿三~伊仙町鹿浦川の下流の橋から五百米ほど登った所に、松淵(まつぶき)といわれる十平方メートル位深い淵がある。淵の右岸にたいらな八疊敷程の、ハタムンイョウと言う岩穴がある。昔、阿三村のマツと言う娘が阿権村の某家に奉公に行っていた。マツは実家から毎日阿権に通って奉公していたのである。マツはハタムンイョウに機(はた)を持ちこみ、奉公先の行き帰り朝は早く家を出て寸時の時間も惜しんで機を織り、夕方帰りにまた、機織りをするといった仕事を続けるのであった。或る日マツは、いつものように奉公先からの帰りに機を織った。後わずかの時間で織り終るので嬉しくなり一心に織った。そのうち日が暮れ暗くなり、やっとのことで織り終ることが出来た。帰る時はすっかり暗くなっていた。急いで川を渡ろうとし足場を踏みはずして下方の淵に落ちこんであわれ溺死したのである。それ以来、村人たちはこの淵を、マツブキと言うようになり、機を織った岩穴を、ハタムンイョウ(織機、洞穴)と言うようになったとのことである。昔は鹿浦川の下流は水が豊富で、この淵は青々として深く、ミキヨという魚の二、三斤もあるのが泳いでいて勘花部落の漁の好きな人達がよく釣をしたものだそうである。時には魚はかからずに、女の髪の毛がかかってきたりしたと伝えられている。今では上流にダムが造成されて水が伊仙の方へ分水されたため、下流の水量が減り、魚や川エビ等が少なくなっている。(『伊仙町誌』)
奄美・大島郡伊仙町阿三~阿三の美女マツが阿権の金持ちの家に奉公に行っていた。マッは奉公中に阿三と阿権を往復していた。途中の松淵という滝の近くに洞穴があり、ここに機を仕かけて織っていた。ある時、もう少しで布を織りあげる時になって日が暮れた。お月様に、もう少し太陽の光をと祈った。すると、また、昼のように明るくなった。布を織り上げたマツは、愛しい男の待つ阿三へと急いだが、あやまって滝に落ちて死んだ。(『詩と花の徳之島』)
奄美・大島郡伊仙町阿権~阿権にマツというヤンチュー(下女)がいて、好きな若い男がいた。マツは村はずれの岩穴で機を織っていた。ある日、布をあと少しで織り上げようとした時に太陽が沈んだ。もうしばらくお日様が照らしてくれたらとつぶやくと、一面が急に明るくなった。布を織り上げたが、太陽は燃え尽きてしまったので、深い闇になった。マツの黒髪が近くの崖淵から発見されたのは後のことであった。(『徳之島民話集』)
奄美・大島郡伊仙町伊仙~伊仙のマツが阿権に嫁入りしてきた。伊仙と阿権の間の大岩に織機をたてて伊仙と阿権を行き来する暇で少しずつ織っていた。もう少しで織り切るという時にあともう少しと独り言をいうと、太陽がもとのところにかえり、布を織り切った。喜んで家に帰ろうと、川を渡る時につまずいて約二十メートルほどの川に落ちて死んだ。そこをマツブキという。(『徳之島の昔話』)


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dedeさん、こんにちは。

一応、何とか、やっとのことで、変更してみました。

dedeさんのと、僕のとでは、少し違うようで、
あるいは、
僕が、よくわかってないのにブログを色々と改造したせいか、
このあたりだなとは、最初から、大体、見当がついたんですが、
案の定、
最初は、入れる位置を間違えてしまって、
コピーしておいたもので、元に戻しながら、
色々とやってみたら、何とか、できました~。

いや、出来ているか、わかりませんが(笑)。

あとは、文の方のタグなど、これから検討して行きたいと思いま~す。
アドバイス、ありがとうございま~す。
では。
Posted by 横浜のtoshi横浜のtoshi at 2011年06月03日 06:46


七色さん、こんにちは。

お孫さんの名前、沖縄らしくもあり、日の出づる国、日本らしくて素適です。

都筑区は、弟が住んでおります。

羽田空港は、東京都でも神奈川県との境にあるので、
羽田と横浜は、とても近くで、高速道路を使うと直ぐです。
つまり沖縄と横浜は直ぐ。

問題なのは、飛行機代です。

バイクは、大きい排気量ほど安全です。
スクーターよりバイクの方が、より安全です。

うちの母親も、弟や私がバイクにも乗るので、
むかしは、よく心配していました。

もちろん、車と違い、バイクの方が危ないのは、確かです。

けれども、
危ない運転をするバイク乗りと、
安全に乗ろうとするバイク乗りが、いるに過ぎません。

私は、車もバイクも好きですが、
私も弟も、基本的に、改造は嫌いで、
それは、他人に迷惑がかかるからです。

母が、昔、よく言っていたのは、
きちんとしていても、女の子しかいないような家からみれば、
バイクに乗っているだけで、不良に見られることもあるから、
きちんとしなさい、挨拶しなさいと、よく言われたものです。

それから、任意保険にも必ず入るように言われました。
バイクは、実は高いので、けっこう負担でした。

残念ながら、過干渉です。

というのは、
ご子息は大学生ですから、
親であっても、大学生に対しては、大学生として対応するのがスジです。

ご子息も恥ずかしいでしょうし、他人からも、おかしいと見られてしまいます。
気持ちは、お察ししますし、うちの母もまさにそうでしたが、
子離れが必要です。

大学生に向かって、勉強しろというのはおかしいのと、同じです。

逆に、言ってもいいのは、大学入学前までです。

高校までを、学校といいます。
大学は、「専門分野を研究する場」で、学校ではないためです。

勉強や研究を、するもしないも、時間割まで自分で組むのが大学なのです。

それより、ご自分のこれからの人生を、お楽しみ下さいね。では。
Posted by 横浜のtoshi横浜のtoshi at 2011年06月01日 13:05


横浜のtoshiさん・・
いつも好きな方々のブログでお会いしているので
初めまして〜とはですが、初めまして(^-^)/~~

我が家の二つの太陽・・正確には孫の名前ですが
toshiさんにも誉めて戴き嬉しいです

横浜の〜といえば娘が都筑区に引っ越し、
横浜が身近かになりました。

そして、今のちょっとした気がかりは
平塚に引っ越した末息子が
中型免許をとりバイクを乗りたいと・・
先週末、雨の中、原付で3時間かけて帰宅した大学生の息子に
びっくりするやら心配するやらで
本人に任せきれない親心・・
toshi先生・・過干渉でしょうか〜(>_<)
Posted by 七色 at 2011年06月01日 11:52


dedeさん、こんにちは。

僕は初め、
ブログを見るだけで何年も過ごして、
とても会った事もない人に、コメントしたり、メールするなんて、
できない~、って感じでした。

それで、Ti-daブログでは有名な、
「ゆぐりはいから」さんのブログで、初めて「読者登録」をして、
読ませて頂きますとコメントしたら、
それから、たくさん色々な事を、タダで(笑)、ご指導頂きました。
つまり、僕のブログの師匠です。

作る人(つくるんちゅー)さんの「コメ★プロ」導入も、師匠のアドバイスです。

更に、作る人(つくるんちゅー)さんがまた、デージ素適な人で、
素適なアドバイスをして下さいます。

テンプレートのアドバイス、夜にでも、早速、試してみま~す。


カテゴリーを、物語の舞台となっている地名にする?
なんでそれに今まで、気づかなかったんだろう。
特に、下を導入したから、そうします。

ひえぇ~、最初から、そうすればよかった~。

そもそも、自分でも過去の作品を探すのが、デージ大変でした(笑)。

時間がある時に、
実は、フリガナは、過去にさかのぼって、直してはいるんですが、
まだまだ、先は長いんです。

どっちみち、このシリーズが終わったら、
初期の作品の送り仮名を振り直すので、その時に、そうします~

さすがdedeさんは、ジンブンやっさ~。

アドバイス、にふぇーでーびる。では。
Posted by 横浜のtoshi横浜のtoshi at 2011年06月01日 11:47


仲本サン、はいさい、今日(ちゅー)拝(うが)なびら。

大変に面白いアドバイス、にふぇーでーびる。
即断し、早速、上のように、もっと素適で夢のある話に変えました。

従ってこの作品は、「仲本勝男&橫浜のtoshi」合作で~す。

こちらこそ、いつもありがとうございます。

また、仲本サンのお陰様で、
橫浜にいながらにして、
毎日、沖縄の海に上がるティーダに向かって、
うーとーとぅーできま~す。感謝。
Posted by 横浜のtoshi横浜のtoshi at 2011年06月01日 11:28


こんばんは。
作る人さんの関連記事パーツですが私は作る人さんの指定している場所意外に

テンプレート→トップページの<left>の
前にもスクリプトを挿入しています。
書くと下のような感じでしょうか。





−−− ここ −−−
<left>
<table>



するとコメントを開かなくても私のは表示されるようになりました。
toshiさんのブログでうまくいくかは分かりませんが試してみてはいかがでしょうか?

あとtoshiさんの記事のタグまたはカテゴリーを物語の舞台となっている地名にするのはどうでしょうか?
タグに首里とか八重山とか入れていただければ地域に特化した物語が簡単に読めるのでより親しみがわいてきます。
よろしければご検討ください。^^
Posted by dededede at 2011年05月31日 23:19


toshiさん
夕陽が二つの太陽となって照らしたんですかね。いつも楽しい夢のある昔話ありがとうございます。
Posted by 仲本勝男仲本勝男 at 2011年05月31日 22:38


コメント以外の目的が急増し、承認後、受け付ける設定に変更致しました。今しばらくお待ち下さい。

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