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~琉球沖縄に伝わる民話~

新訳球陽外卷(きゅうようがいかん)遺老(いろうせつでん)』第33話

阿檀(アダン)()




 (むかし)南風原(はえばる/ふぇーばる・)(ぐん・)神里(かみざと/かんざとぅ/かんじゃとぅ・)(そん)に、一人(ひとり)祝女(のろ)がいました。
 (かつ)てこの祝女(のろ)懐妊(かいにん)したとき、突然(とつぜん)阿檀(アダン)()(たべ)たいと(ほっ)しました。
 しかし彼女(かのじょ)(あに)はこれを()いても、(いもうと)にこれを()べさせないのでした。
 この祝女(のろ)は、突然(とつぜん)激怒(げきど)して()うことには、
 「阿檀(アダン)()などつまらぬ(もの)です。
 どうして物惜(ものお)しみして阿檀(アダン)(わたくし)(あた)えてくれないのですか。
 (いま)から、(わたくし)(ふか)阿檀(アダン)(のろ)いをかけて、今後(こんご)一切(いっさい)阿檀(アダン)()(むす)ぶのを(ゆる)しません。」と。
 この兄妹(きょうだい)喧嘩(げんか)(のち)、この土地(とち)阿檀(アダン)非常(ひじょう)(おびただ)しい(かず)だというのに、()(むす)ぶことがあるのかないのか()わからないほどになりました。
 この(はなし)からこの祝女(のろ)判断(はんだん)してみると、この巫女(みこ)能力(のうりょく)がとても普通(ふつう)(ひと)のものではなかったのがわかります。



 
※注や解説

南風原(はえばる/ふぇーばる・)(ぐん・)神里(かみざと/かんざとぅ/かんじゃとぅ・)(そん)】~南風原(はえばる/ふぇーばる・)間切(まぎり・)神里(かみざと/かんざとぅ/かんじゃとぅ・)(そん)。「邑」は「村」に(おな)じ。「南風原(はえばる)」の以前(いぜん)発音(はつおん)は、「ふぇーばる」など。「神里(かみざと)」の以前(いぜん)発音(はつおん)は、「かんざとぅ/かんじゃとぅ」など。
巫女(みこ)】~祝女(のろ)のこと。(なが)きに(わた)って琉球國(りゅうきゅうこく/るーちゅーくく)国家体制(こっかたいせい)(ささ)える(うえ)で、聞得大君(ちふぃじん/ちふぃうじん/ちふぃうふじん/きこえのおおきみ/きこえおおぎみ)頂点(ちょうてん)とした女官(にょかん)役割(やくわ)りは非常(ひじょうに)重要(じゅうよう)で、その(なか)でも祝女(のろ)(はた)した役割(やくわ)りもまた、とても(おおき)かった。琉球(りゅうきゅう)時代(じだい)祝女(のろ)各地(かくち)集落(しゅうらく)公的祭祀(こうてきさいし)(つかさど)世襲(せしゅう)終身(しゅうしん)女性(じょせい)神職者(しんしょくしゃ)神人(かみんちゅ)であり、宮古(みやこ)八重山(やえやま)では「つかさ」と()ばれた。しかしながら(たん)神職者(しんしょくしゃ)として祈祷(きとう)する(もの)とだけ解釈(かいしゃく)するのでは祝女(のろ)理解(りかい)にはならない。祝女(のろ)は、琉球國(りゅうきゅうこく/るーちゅーくく)から正式(せいしき)任命(にんめい)され、領地(りょうち)(あた)えられ、俸禄(ほうろく)(あた)えられた。世襲(せしゅう)であり(だれ)でもなれるという神職(しんしょく)ではなく、(おも)神事(しんじ)()(おこな)うことによりその地域(ちいき)(おさ)め、あるいは王府(おうふ)状況(じょうきょう)報告(ほうこく)するのが神人(かみんちゅ)祝女(のろ)仕事(しごと)であり目的(もくてき)で、いわば大名(だいみょう)のような存在(そんざい)であった。なお、民間(みんかん)霊媒師(れいばいし)のゆたとは(まった)(こと)なるので混同(こんどう)してはならない。(ふる)くは、琉球國(りゅうきゅうこく/るーちゅーくく)王府(おうふ)(おう)重用(ちょうよう)されたゆたも()たが、歴史的(れきしてき)琉球(りゅうきゅう)王府(おうふ)はゆたの大弾圧(だいだんあつ)幾度(いくど)となく(おこな)った。それはゆたが琉球(りゅうきゅう)時代(じだい)国家体制(こっかたいせい)(ゆる)がし、社会(しゃかい)(みだ)存在(そんざい)であったためである。(とく)に、(ひと)(たぶら)かすことに()けたゆたが()えると、それは同時(どうじ)神人(かみんちゅ)である祝女(のろ)統治能力(とうちのうりょく)(おとしめ)元凶(げんきょう)一番(いちばん)になったため、(くに)()(かえ)しのろを弾圧(だんあつ)したのは至極当然(しごくとうぜん)といえ、琉球(りゅうきゅう)時代(じだい)終焉(しゅうえん)まで(つづ)いた。琉球(りゅうきゅう)消滅(しょうめつ)とともに役割(やくわり)()くなった祝女(のろ)やつかさだが、その血統(けっとう)()()いで祭事(さいじ)(おこな)(つづ)ける(もの)や、ゆたの血統(けっとう)同時(どうじ)にひく(もの)(あらわ)れ、まだかろうじて何人(なんにん)かは存続(そんぞく)しているといわれている。
忽/便/倏(たちま)ち】~非常(ひじょう)(みじか)時間内(じかんない)動作(どうさ)(おこな)われるさま。()ぐ。即刻(そっこく)(またた)()。あっという()(にわか)に。(きゅう)に。(すみ)やかに。(おお)くが「たちまちに」の(かたち)で)(げん)に。(たし)かに。まさに。ただ(いま)。「()()ち」の()から派生(はせい)した()
阿檀(あだん)】~アダン。植物(しょくぶつ)。タコノキ()パンダヌス(ぞく)熱帯性(ねったいせい)常緑(じょうりょく)広葉樹(こうようじゅ)低高木(ていこうぼく)。アダンという()()琉球(りゅうきゅう)現地名(げんちめい)(もと)づいて()いたものとされる。その()はパイナップルのような(かたち)だが、(なか)まで非常(ひじょう)(かた)く、()れると(あま)(かお)りがする。ヤシガニやヤドカリの好物(こうぶつ)とされる。(ゆた)かな食生活(しょくせいかつ)変化(へんか)により、近年(きんねん)沖縄(おきなわ)では(しょく)されない傾向(けいこう)(つよ)いが、かつては()どもなどのおやつであり、(いま)でも離島(りとう)はじめ()れた(しる)()光景(こうけい)普通(ふつう)()かける。また八重山(やえやま)などでは、新芽(しんめ)(くき)内部(ないぶ)のある部分(ぶぶん)(むかし)から(しょく)し、()のアジア地域(ちいき)でも()べられる。(むかし)はアダンの()でアンダンスーを(つく)習慣(しゅうかん)があったという。そもそも、阿檀(アダン)利用(りよう)価値(かち)(たか)(うえ)幅広(はばひろ)いため、様々(さまざま)材料(ざいりょう)として使(つか)われてきた。他国(たこく)一例(いちれい)をあげると、インドでは(かお)りがよいのでオイルとして、色々(いろいろ)商品(しょうひん)によく使(つか)われてきた。フィリピンでは(こめ)(かお)()けとして、(みなみ)アジアでは阿檀(アダン)()(すべ)てが薬草療法(やくそうりょうほう)として使用(しよう)されてきた。ところで、この民話(みんわ)について、民俗学者(みんぞくがくしゃ)伊波普猷(いはふゆう)は、「ヲナリ(しん)(うた)ったオモロ」と(だい)する(なか)(つぎ)のように()れている。「南島に於ける「ヲナリエケリ」(妹と兄)の関係が、古くは単なる「ハラカラ」のそればかりでなかったということである。此は、琉球國由来記に、昔、南風原間切神里村の祝女が、妊娠した時に「アダン」の実を喰べたがっていたのに、その兄が意地悪くも(むしろ嫉妬してといった方がいい)それを与えなかったので、祝女がその「アダン」を呪ったという話が出ていることや、民間伝承に、「ヲナリ」の結婚後、「エケリ」の心がすさんだと云うことから、幾分、推測されよう。又、日本の古史神話中に、兄弟姉妹の結婚がほのめかされている云々」。
()】~自分以外(じぶんいがい)。ここでは(いもうと)祝女(のろ)()す。
微物(びぶつ)】~つまらぬ(もの)
吝惜(りんしゃく/りんじゃく/りんせき)】~物惜(ものお)しみすること。
呪咀(じゅそ/ずそ/しゅそ)】~(のろ)うこと。
(しか)も】~それなのに。それでも。「(しか)も」に(おな)じ。
常人(じょうじん/じょうにん)】~才能(さいのう)(かんが)(かた)などが普通(ふつう)(ひと)()みの(ひと)
【原文】昔南風原郡神里邑有一巫女嘗當懷娠時忽欲食阿檀實其兄聞之不與他食之巫女忽發怒曰阿檀微物也何有所吝惜而不與之耶今吾深呪咀之後必不許阿檀結子也自此之後此地阿檀甚夥而無有結子矣以此觀之巫女亦非常人也哉


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