はいさい、今日拝なびら。
新年、明けまして、おめでとうございます。
本年も、どうぞ宜しくお願い致します。
早朝、まず、くるくまに、新年の朝日を拝むため出発。
今年は、昨年と違い素適な初日の出を見られて感謝!
儀来河内(ニライカナイ)の神さま、
さり、あーとーとぅ、うーとーとぅ~。
仲本会長や、楽しいみなさんと、ゆんたくしてから、
いよいよ、新年、最初の探検に、いざ出発!
まず近くの、垣花グスク(かきのはなグスク)へ。
実は、入り口の部分が全てだとずっと勘違い。
今回は、中を、見て回りました。
想像していた以上に、
地形を巧みに使った古いグスクでした。
終わって今度は、周囲をバイクで見て回ると、
あれ?あの墓の後ろ、何か変だぞ?
そう思っていってみると、ふしぎな御嶽が。
お~、今日は勘がよく働いて、さい先いいぞ!
さて次に、前回、帰ってきてから近くにあったと知った、
第一尚氏の尚泰久(しょうたいきゅう)王と、
長男・安次富加那巴志の墓へ(並んでいる)。
ありました、ありました。
どうりで以前、みつからなかったわけで、
実は、新しい道と旧道がある道の、旧道沿いでした。
それにしても、何故、一国の王の墓が、こんな所に?
しかも王の墓なのに、こんなにも貧相で、かわいそう。
第二尚氏と、潰された第一尚氏とでは随分違うなあ。
次に、せっかくなので、先日、やっと見つけた、
尚泰久の長女の百十踏揚(ももとふみあがり)墓へ。
言わば、時代に翻弄された、悲劇の王女です。
ちなみに一緒に、尚泰久の次男も祀られています。
ただ、今回の目的は、直ぐ横の駐車場の森の中が、
仲栄真グスクと知ったばかりなので行ってみました。
草が、ぼうぼうで入れないと想像していましたが、
意外にそれほどでもなく、草をかき分け、さっそく探検。
あちこち、見て回りましたが、なかなかの雰囲気。
薄暗いひっそりとした森を、奥に進んでいくと、
ある洞窟があり、明らかに古い時代の墓所の雰囲気が。
妙に、ひかれるところがあって思い切って少し覗く・・・・・・
ギャ~
中の奥にある石積みを見て、帰ろうと振り向き、
ふと足もとの岩陰をを見ると、
人の頭蓋骨、髑髏(しゃれこうべ)が
あわてて、穴から飛び出し、そこから走って去ろうとして、
ふと、足が止まり、思いとどまりました。
・・・・・・かわいそう。
そこで穴まで戻り、捨てられたように放置され、
石に埋まるシャレコウベを、手にとって、
きちんと穴の奥の石積みの上に安置してあげました。
真っ白だったので、恐らく昔の方ではなく、
戦争の時の、犠牲者かも知れません。
さり、あーとーとぅ、うーとーとぅ~、
成仏して下さ~い。
心なしか喜んで、微笑んでいるように思えました。
次が、今まで何度も、行こうとして辿り着けなかった、
大里城跡(島添大里グスク)。
今回は散々、下調べして行ったので辿り着けました。
まずチチンガーを見ましたが、
これがなかなか素適な井戸。
次いて先に、奥にある、お隣のミーグスクへ。
大変に、色々な意味で見応えのある眺望でした。
また斜面の御嶽の下が洞窟で、また中に石積み。
覗くと、骨を納めたであろう甕が。
さり、あーとーとぅ、うーとーとぅ~
戻って、島添大里グスクを探検。
それなりに、広いグスクのようでした。
琉球を統一した、尚巴志(しょうはし)は、
近くの、佐敷上グスク(石積み無し)から、
最初に攻略して手に入れた城。
それにしても、ここを手に入れた事で、
南山の半分を、いきなり手に入れた尚巴志が、
なぜ、南山グスクを攻めるのではなく、
中山、北山を、先に攻めたのかが疑問でしたが、
実際に行ってみて、
尚巴志の考えがわかった気がしました。
というのも、このグスクの頂上からは、
首里城~中城~勝連城までよく見渡せて、
東と西の海が見える、なかなかの絶景で、
眼下や周囲の状況が、よく把握できる場所。
また三山時代といっても、南山だけは、
いくつもの小さな諸侯たちの連合国。
この頂上に立ちながら、尚巴志は琉球統一の、
大いなる野望に、胸をふくらませたのでしょう。
ちなみに頂上から下を見下ろして気づいたのが、
まさに真下を、今まで散々、探し回っていたのでした。
後ろの山だったんだなあ。
さて、周辺を見回って、次に、与那原の町へ。
東御廻り(あがりうまーい)のうち、
行ってなかったというか、残してあった二カ所へ。
親川(うえぇがー)と御殿山(うどぅんやま)。
予想に反して、御殿山は直ぐに見つかり、
親川は、最初、違う場所ばかり探してしまい、
かなり時間が掛かって一度は諦めかけましたが、
帰ろうとした時、勘と記憶と閃きが、どんぴしゃり。
そんな訳で、以上は省略した場所もありますが、
このように今日は、とても充実した一日でした。
でも、あっという間に、もう残り一週間しかない。
まだまだ旅は、続きます~。
新年、明けまして、おめでとうございます。
本年も、どうぞ宜しくお願い致します。
早朝、まず、くるくまに、新年の朝日を拝むため出発。
今年は、昨年と違い素適な初日の出を見られて感謝!
儀来河内(ニライカナイ)の神さま、
さり、あーとーとぅ、うーとーとぅ~。
仲本会長や、楽しいみなさんと、ゆんたくしてから、
いよいよ、新年、最初の探検に、いざ出発!
まず近くの、垣花グスク(かきのはなグスク)へ。
実は、入り口の部分が全てだとずっと勘違い。
今回は、中を、見て回りました。
想像していた以上に、
地形を巧みに使った古いグスクでした。
終わって今度は、周囲をバイクで見て回ると、
あれ?あの墓の後ろ、何か変だぞ?
そう思っていってみると、ふしぎな御嶽が。
お~、今日は勘がよく働いて、さい先いいぞ!
さて次に、前回、帰ってきてから近くにあったと知った、
第一尚氏の尚泰久(しょうたいきゅう)王と、
長男・安次富加那巴志の墓へ(並んでいる)。
ありました、ありました。
どうりで以前、みつからなかったわけで、
実は、新しい道と旧道がある道の、旧道沿いでした。
それにしても、何故、一国の王の墓が、こんな所に?
しかも王の墓なのに、こんなにも貧相で、かわいそう。
第二尚氏と、潰された第一尚氏とでは随分違うなあ。
次に、せっかくなので、先日、やっと見つけた、
尚泰久の長女の百十踏揚(ももとふみあがり)墓へ。
言わば、時代に翻弄された、悲劇の王女です。
ちなみに一緒に、尚泰久の次男も祀られています。
ただ、今回の目的は、直ぐ横の駐車場の森の中が、
仲栄真グスクと知ったばかりなので行ってみました。
草が、ぼうぼうで入れないと想像していましたが、
意外にそれほどでもなく、草をかき分け、さっそく探検。
あちこち、見て回りましたが、なかなかの雰囲気。
薄暗いひっそりとした森を、奥に進んでいくと、
ある洞窟があり、明らかに古い時代の墓所の雰囲気が。
妙に、ひかれるところがあって思い切って少し覗く・・・・・・
ギャ~
中の奥にある石積みを見て、帰ろうと振り向き、
ふと足もとの岩陰をを見ると、
人の頭蓋骨、髑髏(しゃれこうべ)が
あわてて、穴から飛び出し、そこから走って去ろうとして、
ふと、足が止まり、思いとどまりました。
・・・・・・かわいそう。
そこで穴まで戻り、捨てられたように放置され、
石に埋まるシャレコウベを、手にとって、
きちんと穴の奥の石積みの上に安置してあげました。
真っ白だったので、恐らく昔の方ではなく、
戦争の時の、犠牲者かも知れません。
さり、あーとーとぅ、うーとーとぅ~、
成仏して下さ~い。
心なしか喜んで、微笑んでいるように思えました。
次が、今まで何度も、行こうとして辿り着けなかった、
大里城跡(島添大里グスク)。
今回は散々、下調べして行ったので辿り着けました。
まずチチンガーを見ましたが、
これがなかなか素適な井戸。
次いて先に、奥にある、お隣のミーグスクへ。
大変に、色々な意味で見応えのある眺望でした。
また斜面の御嶽の下が洞窟で、また中に石積み。
覗くと、骨を納めたであろう甕が。
さり、あーとーとぅ、うーとーとぅ~
戻って、島添大里グスクを探検。
それなりに、広いグスクのようでした。
琉球を統一した、尚巴志(しょうはし)は、
近くの、佐敷上グスク(石積み無し)から、
最初に攻略して手に入れた城。
それにしても、ここを手に入れた事で、
南山の半分を、いきなり手に入れた尚巴志が、
なぜ、南山グスクを攻めるのではなく、
中山、北山を、先に攻めたのかが疑問でしたが、
実際に行ってみて、
尚巴志の考えがわかった気がしました。
というのも、このグスクの頂上からは、
首里城~中城~勝連城までよく見渡せて、
東と西の海が見える、なかなかの絶景で、
眼下や周囲の状況が、よく把握できる場所。
また三山時代といっても、南山だけは、
いくつもの小さな諸侯たちの連合国。
この頂上に立ちながら、尚巴志は琉球統一の、
大いなる野望に、胸をふくらませたのでしょう。
ちなみに頂上から下を見下ろして気づいたのが、
まさに真下を、今まで散々、探し回っていたのでした。
後ろの山だったんだなあ。
さて、周辺を見回って、次に、与那原の町へ。
東御廻り(あがりうまーい)のうち、
行ってなかったというか、残してあった二カ所へ。
親川(うえぇがー)と御殿山(うどぅんやま)。
予想に反して、御殿山は直ぐに見つかり、
親川は、最初、違う場所ばかり探してしまい、
かなり時間が掛かって一度は諦めかけましたが、
帰ろうとした時、勘と記憶と閃きが、どんぴしゃり。
そんな訳で、以上は省略した場所もありますが、
このように今日は、とても充実した一日でした。
でも、あっという間に、もう残り一週間しかない。
まだまだ旅は、続きます~。
この記事へのコメント・感想・ゆんたくはじめ、お気軽にお書き下さい。承認後アップされます。
ルミさん、はいさい今日拝なびら。
前にどなたからか、
「びんしー、持ってるでしょと」聞かれた事があります。
答えは「No」で、御願道具箱は持参しません(笑)。
「ヒラウコー」なんですが、
最初に沖縄を調べ始めた頃は、持参しておりました。
近頃は、火災にならないため火をつけずにお供えしますが、
バラバラに折れて使い物にならない事が続き、省略傾向にあります。
「ウチカビ」も、燃やさないと意味がないので、最初から省略。
「賽銭」も、給料の激減に伴い、省略傾向。
「泡盛」や「米」は、持参したことが、ありません。
というのは、御願が目的ではないためです。
ただ、
神人(カミンチュ)であるノロ(祝女)やツカサ(司)の流れを汲む方や、
ご年配の方から、伺った、
沖縄の、ウタキやウガンジュの、お参りの仕方や習った言葉などは、
なるべく、自己流ですが守っているつもりです。
魔除けですが、マジムンやキジムンたちには、
会ってお話をしたいぐらいで、
塩を使うと、却ってご機嫌を損ねてしまう気がして、しておりません。
そして、魔除けしたい場合、
近くにある草で「サン」を結ったり、そのまま身に付けるのが僕流でした。
ただ、それだけでなく、お葬式の時のように家に着いたら、
これからは、呪文を唱えながら塩をまこうと思いました。
いつも、コメント、にふぇーでーびる。
それから、すっかり遅くなってしまいましたが、
いい、しょうぐゎち、やいびーん。
くとぅしも、ゆたしく、うにげーさびら。 m(_ _)m
前にどなたからか、
「びんしー、持ってるでしょと」聞かれた事があります。
答えは「No」で、御願道具箱は持参しません(笑)。
「ヒラウコー」なんですが、
最初に沖縄を調べ始めた頃は、持参しておりました。
近頃は、火災にならないため火をつけずにお供えしますが、
バラバラに折れて使い物にならない事が続き、省略傾向にあります。
「ウチカビ」も、燃やさないと意味がないので、最初から省略。
「賽銭」も、給料の激減に伴い、省略傾向。
「泡盛」や「米」は、持参したことが、ありません。
というのは、御願が目的ではないためです。
ただ、
神人(カミンチュ)であるノロ(祝女)やツカサ(司)の流れを汲む方や、
ご年配の方から、伺った、
沖縄の、ウタキやウガンジュの、お参りの仕方や習った言葉などは、
なるべく、自己流ですが守っているつもりです。
魔除けですが、マジムンやキジムンたちには、
会ってお話をしたいぐらいで、
塩を使うと、却ってご機嫌を損ねてしまう気がして、しておりません。
そして、魔除けしたい場合、
近くにある草で「サン」を結ったり、そのまま身に付けるのが僕流でした。
ただ、それだけでなく、お葬式の時のように家に着いたら、
これからは、呪文を唱えながら塩をまこうと思いました。
いつも、コメント、にふぇーでーびる。
それから、すっかり遅くなってしまいましたが、
いい、しょうぐゎち、やいびーん。
くとぅしも、ゆたしく、うにげーさびら。 m(_ _)m
Posted by 横浜のtoshi at 2013年01月16日 17:54
仲本さま、コメントの返事、忘れておりました。
申し訳ございません。
また、先日はいくどとなくお世話になり、
楽しい時間を送らせて頂き、感謝申し上げます。
年末は、それなりに、たくさん探検したものの、
予定の、三分の一しか、回れませんでした。
遊びすぎではないか。
はい、その通りでございます。反省。
顔を赤くしているのが、寒さだけならまだ善いのですが、
生活指導の方でそうなっている方が、多い気が(笑)。
twitterやFacebookも流行ですが、
やはり、残して意味がある自分のブログの重要性を感じる、
今日この頃です。
ただ、仕事があまりに忙し過ぎて、
なかなか帰宅して、研究する時間が取れません。
もちろん、気持ちでは、また必ず続けるつもりです。
今後とも、ゆたしくうにげーさびら~
申し訳ございません。
また、先日はいくどとなくお世話になり、
楽しい時間を送らせて頂き、感謝申し上げます。
年末は、それなりに、たくさん探検したものの、
予定の、三分の一しか、回れませんでした。
遊びすぎではないか。
はい、その通りでございます。反省。
顔を赤くしているのが、寒さだけならまだ善いのですが、
生活指導の方でそうなっている方が、多い気が(笑)。
twitterやFacebookも流行ですが、
やはり、残して意味がある自分のブログの重要性を感じる、
今日この頃です。
ただ、仕事があまりに忙し過ぎて、
なかなか帰宅して、研究する時間が取れません。
もちろん、気持ちでは、また必ず続けるつもりです。
今後とも、ゆたしくうにげーさびら~
Posted by 横浜のtoshi at 2013年01月16日 17:35
横浜のtoshiさん
遅くなりましたが
新年おめでとうございます
元旦は仲本さんとご一緒に 御来光を拝めたようで
良かったですね~。
そして、充実した沖縄の旅~
ビックリしたのは、
シャレコウベを発見
そして、丁寧に安置した事でした。
きっと このシャレコウベの方も
toshiさんに見つけてもらい、丁寧にしていただき
喜んでいる事でしょう。
toshiさんは、霊を見ないタイプのようですが、
魔除けの お塩 は
いつも準備して
出掛けた方が宜しくかと思いました。(多分準備していらっしゃると思いますが)
寒さ厳しい毎日です。
お身体 ご自愛下さいませ
遅くなりましたが
新年おめでとうございます
元旦は仲本さんとご一緒に 御来光を拝めたようで
良かったですね~。
そして、充実した沖縄の旅~
ビックリしたのは、
シャレコウベを発見
そして、丁寧に安置した事でした。
きっと このシャレコウベの方も
toshiさんに見つけてもらい、丁寧にしていただき
喜んでいる事でしょう。
toshiさんは、霊を見ないタイプのようですが、
魔除けの お塩 は
いつも準備して
出掛けた方が宜しくかと思いました。(多分準備していらっしゃると思いますが)
寒さ厳しい毎日です。
お身体 ご自愛下さいませ
Posted by ルミ at 2013年01月10日 19:37
横浜のtoshiさん
だいぶ探検なさったのですね。今度おこしの時には一緒に行ってみたいです。ワクワクします。もう寒さに慣れましたか?顔を赤くして手をこすっている様子が見えますが、お風邪ひかぬようにご自愛ください。只今17度です。
室内は21度です。雨ばかりの3日でした。明日はどうなるやらです。
バーナーというんですか変わりましたね。いい感じです。いつも楽しくさせていただきありがとうございます。
だいぶ探検なさったのですね。今度おこしの時には一緒に行ってみたいです。ワクワクします。もう寒さに慣れましたか?顔を赤くして手をこすっている様子が見えますが、お風邪ひかぬようにご自愛ください。只今17度です。
室内は21度です。雨ばかりの3日でした。明日はどうなるやらです。
バーナーというんですか変わりましたね。いい感じです。いつも楽しくさせていただきありがとうございます。
Posted by 仲本勝男 at 2013年01月09日 18:56
横浜ジルバ様、はいさい、今日拝なびら。
富士山、見事でしたか。
僕は横浜で生まれ横浜育ち、浜っ子の僕にとって、
若い頃の思い出と言えば、
夜、家に帰らなくても怒られない唯一の日が大晦日~元旦でした。
とにかく、もの凄く寒いので、夜通し鎌倉の寺を歩き回って体を温め、
朝方前には、江ノ電に乗って、江ノ島に行って、登って降りました。
何しろ、房総半島からじゃなくて、海から上がる初日の出は、
江ノ島のソコだけでしたから~。
ご存知の通り、余りの寒さで、海岸は小さなキャンプファーヤーだらけ。
でも、海岸に住む友達に言わせると、家の塀が無くなって、大変だtの事。
仕事が、昨年の4月から、余りに大変かつ異常な勤務状態で、
家に帰るとベッドに直行ばかりでした、スミマセン。
でも今年も、何とか少しずつでしますも、頑張りますので、
何とぞ気長に、宜しく御願いしま~す。m(_ _)m
また新年が、 横浜ジルバさんにとりまして、
素適な一年となります事を、心からお祈り致します。
さり、あとーとぅ、うーとーとぅ~
富士山、見事でしたか。
僕は横浜で生まれ横浜育ち、浜っ子の僕にとって、
若い頃の思い出と言えば、
夜、家に帰らなくても怒られない唯一の日が大晦日~元旦でした。
とにかく、もの凄く寒いので、夜通し鎌倉の寺を歩き回って体を温め、
朝方前には、江ノ電に乗って、江ノ島に行って、登って降りました。
何しろ、房総半島からじゃなくて、海から上がる初日の出は、
江ノ島のソコだけでしたから~。
ご存知の通り、余りの寒さで、海岸は小さなキャンプファーヤーだらけ。
でも、海岸に住む友達に言わせると、家の塀が無くなって、大変だtの事。
仕事が、昨年の4月から、余りに大変かつ異常な勤務状態で、
家に帰るとベッドに直行ばかりでした、スミマセン。
でも今年も、何とか少しずつでしますも、頑張りますので、
何とぞ気長に、宜しく御願いしま~す。m(_ _)m
また新年が、 横浜ジルバさんにとりまして、
素適な一年となります事を、心からお祈り致します。
さり、あとーとぅ、うーとーとぅ~
Posted by 横浜のtoshi at 2013年01月03日 23:46
Posted by 横浜ジルバ at 2013年01月02日 17:30
コメント以外の目的が急増し、承認後、受け付ける設定に変更致しました。今しばらくお待ち下さい。
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