普天間権現 ~琉球沖縄の伝説

横浜のtoshi

2011年09月01日 20:20


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~琉球沖縄の、先祖から伝わってきたお話~

奄美・沖縄本島・沖縄先島の伝説より、第184話。


普天間権現(ふてんまごんげん)



 むかし(むかし)の、ある大晦日(おおみそか)のことです。
 読谷山(ゆんたんざ/ゆんたんじゃ)(ひと)が、(いも)野菜(やさい)()るために、(うま)()いて首里(しゅり/しゅい/すい)まで()ったそうです。そして、(かえ)(ころ)には、もうすっかり()()れて、その(よる)(なに)()えないほどの真暗闇(まっくらやみ)で、(いえ)無事(ぶじ)辿(たど)()くのは不可能(ふかのう)だと(おも)われました。
 そこへ権現様(ごんげんさま)がやって()()うことには、
 「どうか(うま)()せてくれませんか。」と。
 そこで()せてあげて、普天間(ふてんま)のお(みや)洞窟(どうくつ)(まえ)まで()ました。
 すると権現様(ごんげんさま)権現洞(ごんげんどう)(なか)(はい)って()(まえ)()うことには、
 「ここで()ろして(くだ)さい。
 ところであなたは、これから(いえ)まで(かえ)(あいだ)(あか)るく()らされて()くのと、(なに)()しい(もの)()(はい)るのと、もしも(ねが)いが(かな)うなら、どちらを(えら)びますか。」と。
 読谷山(ゆんたんざ)(ひと)が、
今晩(こんばん)(あま)りに(くら)くて、(なに)()えず、(ある)(こと)すらままなりません。やはり(あか)るいのが一番(いちばん)です。」と。
 そう()って(わか)れたそうです。それから権現様(ごんげんさま)は、読谷山(ゆんたんざ)(いえ)辿(たど)()くまで、(みち)(あか)るく()らし()して(くだ)さったそうです。
 その(こと)があってからというもの、この読谷山(ゆんたんざ)(ひと)は、九月(くがつ)になると、いつも(うま)(くら)だけをのせて、普天間(ふてんま)まで(おが)みに()ったそうです。
 そしてまた、読谷山(ゆんたんざ)人々(ひとびと)は、(うま)神様(かみさま)()(もの)として大切(たいせつ)にするようになり、(けっ)して()べたりしなくなったそうな。



 
※この話の参考とした話
沖縄本島・沖縄県宜野湾市野嵩~『宜野湾市史』第五巻資料編四 民俗
沖縄本島・沖縄県中頭郡読谷村喜名~『喜名の民話』読谷村民話資料2
沖縄本島・沖縄県中頭郡読谷村宇座~『宇座の民話』読谷村民話資料6
沖縄本島・沖縄県中頭郡読谷村伊良皆~『伊良皆の民話』読谷村民話資料1
沖縄本島・沖縄県中頭郡読谷村儀間~『儀間の民話』読谷村民話資料5
沖縄本島・沖縄県中頭郡読谷村渡慶次~渡嘉敷村史別冊『とかしきの民話』


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●伝承地
沖縄本島・沖縄県宜野湾市野嵩~大晦日にね、読谷の人が芋や野菜を売るために馬を引いて首里に行ったって。そうして、この人が帰るころにはもう日も暮れて、真暗闇でなんにも見えなくなったって。そこへ権現様がやってきて、「馬に乗せてくれ」と言ったらしい。で乗せてやって、お宮の洞窟の前まできたって。そしたら、「ここでおろしてくれ」と言って、この人は、権現洞の中に入って行ったって。そのときに、権現様が、「あんたはね、お家に帰るまで明るく照らされていくのがいいか。それとも何か欲しいのがあったら言ってくれ」と言ったんで、読谷の人は、「もう今晩は暗くてなんにも見えない、歩くこともできないから、明るくしてくれるのが一番いい」と願ったらしいよ。そしたらね、もう、この人が読谷に帰り着くまで明るくしてあったって。そのあとから、読谷の人は九月になったら、いつも空馬に鞍をおいて普天間まで拝みに来よったって。そしてね、読谷の人は絶対に馬を殺して食べたりしなかったって。(『宜野湾市史』第五巻資料編四 民俗)
沖縄本島・沖縄県中頭郡読谷村喜名~ある侍に顔を見られてしまった娘は、落胆して芭蕉糸を持ったまま普天間の洞窟に入って行った。妹がその糸を辿って行ったが、とうとう姉を捜し出すことは出来なかった。(『喜名の民話』読谷村民話資料2)
沖縄本島・沖縄県中頭郡読谷村宇座~ある娘が、侍と恋仲になった。親にそれを反対された娘は、その侍に、「私は芭蕉の糸を引いて家を出ますから、それを辿って来てください」と言って、普天間の洞窟に行ったということだ。(『宇座の民話』読谷村民話資料6)
沖縄本島・沖縄県中頭郡読谷村伊良皆~布売りに顔を見られた娘は、笊(ざる)にためておいた芭蕉糸の先を口にくわえて、普天間宮の洞窟へ一目散に走って行った。すると、たちまち笊一杯の芭蕉糸が全部無くなった。(『伊良皆の民話』読谷村民話資料1)
沖縄本島・沖縄県中頭郡読谷村儀間~普天間の穴の中へ逃げて行った娘に、親は家に戻るよう説得した。しかし、娘は、自分は貴女の腹を借りただけで、普通の家庭にいるべき者ではない」と言った。その道理から普天問権現が建てられた。(『儀間の民話』読谷村民話資料5)
沖縄本島・沖縄県中頭郡読谷村渡慶次~洞窟の中で姿を消した娘は、壕の神になったということで、信仰するようになった。(『渡慶次の民話』読谷村民話資料7)○沖縄本島・沖縄県島尻郡渡嘉敷村阿波連~家に閉じ籠もっていた娘が、油売りに顔を見られてしまったので、紡いでいた糸を引いたまま、普天間の洞窟に行った。その道中、草は全部おじぎしたけれど、松とクバはそれをしなかったので、若返らないという話がある。(渡嘉敷村史別冊『とかしきの民話』)

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