〜琉球沖縄に伝わる民話〜

『球陽外巻・遺老説伝』より、第120話。


箕の洞窟(みのどうくつ)


 小禄(おろく)間切、儀間(ぎま)邑の西の、岩山(いわやま)の上に、樹木(じゅもく)が生(お)い茂(しげ)った山があります。
 その麓(ふもと)には、箕(み)に似た洞穴(どうけつ)があります。そこは、深く、そして広く、とても厳(おごそ)かな雰囲気があって、神様がいらしゃるような聖域(せいいき)です。
 ある人が、何時(いつ)からともなく「正観音像」を奉安(ほうあん)して信仰(しんこう)するようになりました。
 霊験(れいげん)あらたかで、お祈りすると、必ず願いが叶(かな)いました。
 また近世になって、薩摩の船人達が費用を喜捨(きしゃ)して拝殿(はいでん)を建てました。
 その後には「ビズル」という霊石(れいせき)も、そこに奉(たてまつ)られました。
 残念なことにその拝所(うがんじゅ)は、今ではそれ程(ほど)参詣(さんけい)する人もなく、大層(たいそう)(さび)れてしまったとのことです。


※注
【小禄】(おろく)小禄の以前の発音は「うるく」など。
【儀間】(ぎま)の以前の発音は「じーま」など。
【邑】(そん)邑=村。
【箕】(み/き)米糠(こめぬか)チリを選(え)り分ける道具。 農具の一つ。「箕裘(ききゅう)」とも。なお米糠とは、玄米(げんまい)を精白(せいはく)する時に出る外皮(がいひ)や胚(はい)の粉。
【厳かな】(おごそかな)「立派で厳かな」の意の「荘厳(そうごん)」から派生した言葉。漢字「荘」「厳」は、いずれも「おごそかにきちんと整える」の意。荘厳は、一般には「そうごん」で、仏教では「しょうごん」。
【奉安】(ほうあん)尊いものをつつしんで安置すること。
【霊験あらたかで】(れいげんあらたか)神様のご利益(りやく)が直ぐに現れるといった意。
【喜捨】(きしゃ)惜(お)しむ心なく、喜んで財物(ざいぶつ)を施捨(ほどこし)すること。施(ほどこ)しは、仏・法・僧の三宝を守るためでもあり、また財物に対する執着(しゅうちゃく)や物欲(ぶつよく)から離脱(りだつ)させる意味がある。
【拝殿】(はいでん)神社の本殿(ほんでん)前にあり、祭典(さいてん)が行われたり、参拝者(さんぱいしゃ)が拝礼(はいれい)を行う殿舎(でんしゃ)
【拝所】(うがんじゅ)沖縄で神を拝(おが)む場所。神が辿(たど)り着いたとされる岬なども指す場合もある。うがん。


Posted by 横浜のtoshi




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かめきち様。はいさい、今日(ちゅう)拝(うが)なびら。

やっと、知っている沖縄の方に出会いました。初めてです。

僕が知った時の憤りが共有できて、
いや、ちょっとそれではエゲツない表現なので代えると、
自分の憤りを、わかってくれる方と出会えて、嬉しいです(笑)。

どんなに才能があり有名であろうとも、
同じ日本人として、人として、恥ずかしいです。

でも、
そうは言ってみたところで、
自分自身も、
恥ずかしいことなど、いくらでもしてきましたから、
せめてこれから、
そういう事は少ないように、
しないようにするので僕の場合は、精一杯ですが。

コメント、ありがとうございました。
台風の被害は、ありませんでしたか?

戦後、脅威的な台風が米軍をいくつか襲い、
1949年の台風グロリアは、
うるま市天願にあった、
当時の何百万フィートにも及ぶ米軍物資倉庫を一瞬のうちに壊滅したとか。

しかし、
台風が最大勢力になる時に沖縄を通過するのは、昔からですから、
かつての琉球沖縄の人々は、
長い間、災害に苦しみながらも、
非常に賢く、自然と向かい合ってきたのが、わかります。

昔の沖縄の屋敷の入り口には門が無く、仕切り壁のヒンプンがありますが、
どんな説明でも、内部を見せない目隠しのために塀だとか、
中国の「屏風」、つまり悪鬼などの侵入を防ぐためと書かれています。

それもあるでしょうが、台風や強風対策と書かれていないのが不思議です。では。

コメント、いつもありがとうございます。
Posted by 横浜のtoshi at 2010年09月05日 19:04



カフェくくる うるとらまん様。
はいさい、今日(ちゅう)拝(うが)なびら。

そうですか。大雨でしたか。
昨日の夕方は、場所によって道路が川のようだと、お聞きしましたが、
引き続き、雨ですか。
この間、台風が通り過ぎたばかりですから、大変ですね。

都会や、沖縄をよく知らない人間は、
沖縄の大変さが、実は、よく分からなかったりします。

普通の御家庭にしても、
鉢植え類を、家に入れたり、
大小の差はあっても、台風に対する備えが大変です。

かつて、今の沖縄に多いコンクリートのしっかりした家でなかった頃は、
もっと大変だったろうなと思います。

僕は、沖縄に行っている間、何度も、台風に出会っています。
大きなホテルなどに泊まっていると感じませんが、
玉城の新築の家に泊めて頂いた時は、
森や風が、一晩中、唸(うな)り、
色々な物が空を飛びかって、物と物がぶつかる音を聞いて、眠れませんでした。
翌日、那覇に戻る道ばたの木が倒れていたり、
土砂が崩れているのを見ました。

今でこそ沖縄は、コンクリートのしっかりした家で安心ですが、
昔は、大変だったろうなあと、その時、思いました。

くくるの農家さんも、大変でしょうね。
あまり被害がなかったことを、祈るばかりです。

ハルサーやウミンチュはじめ、
自然を相手に仕事をなさっている方々は、
沖縄だけに限りませんが、大変な苦労があると思います。

くくるのお隣りの農家さんが、
野菜を、かわいそうと嘆いていらっしゃったとお聞きし、
野菜に対する愛情を感じました。
きっと、我が子のように、愛(いと)おしく育てていらっしゃるのでしょう。

コメント、ありがとうございました。
では。ぐぶり〜さびら〜
Posted by 横浜のtoshi at 2010年09月05日 18:32



横浜のtoshiさん、こんにちは。

その時、久高島で芸術ということで、岡本太郎さんが、いろいろやらかしたことを聞きました。
ですから、彼に関してほめたたえるTVなどを見たら、私も憤りを覚えるものの一人です。
Posted by かめきち at 2010年09月05日 15:34



残念、今日も大雨の沖縄です。くくるの農家も野菜がかわいそうと嘆いていました。これも自然ですかね!
Posted by カフェくくる うるとらまん at 2010年09月05日 14:24



かめきち様。はいさい、今日(ちゅう)拝(うが)なびら。

赤嶺教授のおっしゃる通り、
そもそも、
基本的に、
男が入ってはいけない、男子禁制というのが、
御嶽(ウタキ)の基本でした。

男子は、
御嶽の入り口で、手をあわせるべきでした。

一方で、
例えば、「神々の古層」という写真集を発行して、
沖縄の色々な伝統的な行事を、写真集として残そうとした方に、
比嘉康夫さんという方が、いらっしゃいます。

比嘉さんは、
何度も、久高島に通い、
神女たちから色々な話を聞き、最後には信頼を受け、
今は絶えてしまったイザイホーを撮りました。
また、神女達に許されて、御嶽の中の様子を撮りました。

一方で、
無視して入ってしまった、数名の若い男の子たちや、
世界的に有名な日本の芸術家、岡本太郎が、
沖縄、久高島の禁を破り、
興味本位で墓を荒らし、洗骨を見たのは、有名な話です。

ですから、
岡本太郎さんを解説した文章に、
沖縄の魅力に注目したという部分を見るたびに、憤りを感じてしまいます。
伝統と文化を踏みつけにしたとしか、
どう考えても、僕には思えないからです。

まして、沖縄の人が、
岡本太郎さんや、その作品を、
ほめたたえたり、感動するのを目の当たりにする度に、ガックリきます。

でも、
斎場御嶽(せーふぁうたき/さいはのうたき)はじめ観光地化されていますから、
今どきちょっと、僕が、古臭い人間すぎるのは確かです(笑)。

では。
Posted by 横浜のtoshi at 2010年09月05日 13:39



横浜のtoshiさん、こんにちは。

大学で確か一般教養の文化人類学という科目で、このノロとユタの違いについて、習ったことがあります。
そして同じようなことを聞いた気がします。

またクラスで久高島にも行きました。
引率の赤嶺教授は、男が入ってはいけないという所には、入られなかったのですが、数名の若い男の子たちは、無視して入っていきっました。
言い伝えを守らなかったことになるんでしょうね。

いろいろ話を理解してから行くと、考え方も変わるかもしれませんね。
Posted by かめきち at 2010年09月05日 11:35



かめきちサマ。はいさい、今日(ちゅう)拝(うが)なびら。

拝所(うがんじゅ)ですが、
一般人はあまり行くべきでないと思うのは、間違いでは、ないんです。
だからこそ大切にされずに、寂(さび)れてしまう場合があるわけです。

また、ひどくなると、
琉球沖縄の神々ではない神や、神の力(パワー)だけ得ようとする人がお詣りしたり、
琉球沖縄の神々を全く知らない者が、お詣りしたりまでするわけです。
それでは、神聖な場が犯され、神聖でなくなるので、
一般の人は、行かない方がいいというわけです。

ユタとノロは、実は大変な違いがあります。
特にユタは、歴史的に琉球王府の昔から、国の弾圧の対象でした。

聞得大君(ユフジン)、ノロ、ツカサ、神人(カミンチュ)は、国を支えるミコ達で、
琉球国を支える大切な「役目」や「目的」をもったミコ達でした。
従って、誰でもなれたわけでなく、簡単にはなれません。

今もなお、
神道の神主(かんぬし)や巫女(みこ)、仏教のお坊さんになるのは、
簡単な事ではありません。

聞得大君、ノロ、ツカサ、神人という、
琉球沖縄の、神女体制は、
地域をまとめるという大切な役目があって、
また、地域のことを、琉球国に報告する役目がありました。

御存知の通り、
琉球国が崩壊して、ミコ制度も壊れました。
しかし、特に離島などでは、
それぞれの役目に、ユタの役目まで合わせ持った人が今もいます。

琉球では古くから、
男のジュリ買い(通い)、女のユタ買い(通い)は家を傾かせると言われ、
社会悪とされてきました。

社会悪というのは、良い悪いとか、好き嫌いではなくて、
社会制度や、社会規範(ルール)や、社会常識を脅(おびや)かすという意です。

一般に「社会」とは、2名以上の人からなる集団を言いますが、
ここで使った社会は、正確には「地域社会」から「国家社会」を指します。

信じる、信じないということと、
神々や先祖の象徴(シンボル)が、拝所、ウタキ、嶽などであるということは別です。
あくまで、琉球沖縄の神々や精霊が先祖が祀られる聖域なのです。

トートーメーや墓に向かう時のように、手を合わせればいいのです。
そして、心の中で、神様や先祖と会話する場所です。
あるいは、祭事に参加すればよいのです。

ただ、注意したいのは、
地域が今も大切にしている場合がありますから、
そういった場所では、そのルールに従うということです。

そんなにむずかしいことではなくて、
入ってはいけない場所には入らず、
男子禁制の場合も、
入ってはいけない、その外や、
神聖場場所の入り口から、ウートートーすればいいのです。

そして、
例えば久高島には、その島の物を島の外に持ち出さないようにという、
言い伝えがあるので、それを守ればいいんです。

琉球沖縄は、
他の地域とは違って
(そうは言っても、青森の恐山(おそれざん)のイタコなど、
けっこう、実は残っていますが)、
「宗教」の神を崇拝するのではなく、「先祖」という神を崇拝する土地です。

ですから、
先祖を大切にすることは、琉球沖縄の神々を大切にすることです。

拝所には、一般人は行くべきでないと思うのは間違いではないと、
最初に書きましたが、
本当は、琉球沖縄の人々にとって拝所は、
みんなが行くべき所で、ウートートーすべき所です。
特に、地域の拝所は、なおさらです。

沖縄の離島へ行けば、
昔から変わらずに、拝所などを大切にしている地域は、いくらでもあります。

拝所を守るミコの役目をしている人がいて、
村や地域の人々も、協力して拝所を守り、
誰もが、
神と語りたい時、
お願いをしたい時、
自問自答したい時に、
みんなで、そして、一人ひとりで、拝所やウタキや嶽を訪れるのが、今も普通です。

僕は、拝所、ウタキ、嶽、カー(井戸や川)も、よく回ります。

大切にされているかどうかで、
その地域のコミュニティーが、
今も大切にされているか、そうでないかは一目瞭然です。

エイサー、ハーリー、綱引きでは、
やはり、本当に琉球沖縄が大切にされているかどうかは、わかりません。

そして僕が行く目的ですが、
その場所にまつわる物語(民話や伝承)を、本の話で知って、
お詣りして、手をあわせるというわけです。

話を知っているだけに、感慨深いです。

では。
Posted by 横浜のtoshi at 2010年09月05日 07:36



横浜のtoshiさん、おはようございます。

そういう寂れてしまった、拝所は沖縄には沢山あるんでしょうか?
拝所というと、ユタやノロなどが行く場所というイメージがあり、一般人はあまり行くべきでないと思ったのですが・・・。
Posted by かめきち at 2010年09月05日 04:56


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