鍋掻田 ~琉球沖縄の伝説

2011年08月15日

Posted by 横浜のトシ at 20:20│Comments(2)琉球沖縄の伝説・沖縄先島編

みんなで楽しもう!
~琉球沖縄の、先祖から伝わってきたお話~

奄美・沖縄本島・沖縄先島の伝説より、第177話。


鍋掻田(なびかきましぃ/なべかきます)



 むかし(むかし)波照間島(はてるまじま)は、周囲(しゅうい)(しま)がないので島外(とうがい)との()()もなく、(しま)人々(ひとびと)自給自足(じきゅうじそく)生活(せいかつ)(たの)しんでいました。ですから、自分達(じぶんたち)(つく)ったり()った(もの)()べながらのんびり()ごす、絶海(ぜっかい)孤島(ことう)楽園(らくえん)でした。やがて(しま)()(なか)にクツシ(じょう)(つく)ったアジマクが、八人(はちにん)武士(ぶし)(とも)って(しま)(まも)時代(じだい)(はい)ってもそれは()わらず、海賊(かいぞく)(しま)一歩(いっぽ)上陸(じょうりく)させず、相変(あいか)わらず(しま)楽園(らくえん)時代(じだい)は、ずっと(つづ)くかと(おも)われました。
 それから(のち)琉球国(りゅうきゅう)こくがいよいよ()めてきました。一度目(いちどめ)(たたか)いは、大泊浜(ぶどぅまりはま)大泊(おおとまり)(はま)()(ひろ)げられ、()()()()くした、アジマクと八人(はちにん)武士(ぶし)奮戦(ふんせん)によって、あちこちに()られた敵兵(てきへい)(よこ)たわりました。そして(なん)とか(てき)上陸(じょうりく)阻止(そし)されたのでした。
 すると琉球国(りゅうきゅうこく)(ぐん)は、(しお)(なが)れを()んで夜船(やせん)()(とも)して(なが)し、(ひがし)移動(いどう)して上陸(じょうりく)するように()せかける陽動作戦(ようどうさくせん)実行(じっこう)したところ、アジマク(たち)見事(みごと)(だま)されたのでした。
 その(あいだ)琉球軍(りゅうきゅうぐん)は、西(にし)のヤマトウフノーラという場所(ばしょ)集結(しゅうけつ)して、上陸(じょうりく)()たしたのでした。
 上陸(じょうりく)した琉球軍(りゅうきゅうぐん)は、圧倒的(あっとうてき)軍備(ぐんび)(へい)(かず)上回(うわまわ)り、あっという()波照間島(はてるまじま)平定(へいてい)してしまったそうです。
 それからの(しま)生活(せいかつ)()うまでもなく、琉球国(りゅうきゅうこく)(おも)年貢(ねんぐ)上納(じょうのう)することを義務(ぎむ)づけられ、(しま)()らしが一変(いっぺん)してしまいます。その()らしは筆舌(ひつぜつ)()くし(がた)い、過酷(かこく)(くる)しいものでした。
 (しま)には富嘉(ふか)という集落(しゅうらく)があり、その一番(いちばん)西(にし)に、屋久村(やくそん)がありました。そこの、ヤクアカマラーが大将(たいしょう)になって、(むら)人々(ひとびと)一緒(いっしょ)に、年貢(ねんぐ)米俵(こめだわら)粟俵(あわだわら)満載(まんさい)した(ふね)(うば)って、(よる)のうちに()げたのでした。
 さて、その(とき)のことです。
 村人(むらびと)全員(ぜんいん)()せた(ふね)が、波照間島(はてるまじま)(はな)れようとした(とき)一人(ひとり)(むすめ)が、(かなら)()って()かなければならない(なべ)(いえ)(わす)れてしまったと()()しました。船長(せんちょう)乗組員達(のりくみいんたち)相談(そうだん)(うえ)仕方(しかた)なく(ふね)(みなみ)(はま)沖合(おきあ)いに停泊(ていはく)させ、()っているから(いそ)いで()って()るようにと()うと、そこから(むすめ)上陸(じょうりく)させたのでした。しかし状況(じょうきょう)からして、それは(あま)りに危険(きけん)行為(こうい)であり、村人(むらびと)(すべ)ての(いのち)(まも)るため、その(むすめ)見捨(みす)てられ、(むすめ)上陸(じょうりく)すると(ふね)はどんどん(みなみ)()かったのでした。
 ()()りにされた(むすめ)は、やがて(とお)ざかる(ふね)気付(きづ)くと、(なべ)()(まわ)しながら(ふね)合図(あいず)(おく)りましたが、やがて(ふね)は、地平線(ちへいせん)彼方(かなた)()えて()きました。
 その場所(ばしょ)は、(いま)では(はたけ)になっていますが、それから鍋掻田(なびかきましぃ/なべかきます)()われるようになったと()われています。
 なお、(ほか)(はなし)によると、いくら()っても一向(いっこう)(むすめ)(もど)らないために、仕方(しかた)なく(ふね)出帆(しゅっぽん)したと(つた)える(はなし)もあるそうな。



 
※この話の参考とした話
沖縄先島・沖縄県八重山郡竹富町波照間島~『奄美・沖縄民間文芸研究』第二号
沖縄先島・八重山郡竹富町波照間島~『波照間島民俗誌』
同上~『沖縄の昔話』


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●伝承地
沖縄先島・沖縄県八重山郡竹富町波照間島~まえは、どっちからも外交もあまりしない。そして島内の産物は、皆自分で作って食べておったというのです。そして非常に裕福であった。この東にあるのですが、クッツアジマクという波照間の総大将がおるわけですが、その大将が治めた時代は、とても島内の産物は全部島内の住民で食べて、たらふくな生活をしておった。その後、薩摩藩じゃなかろうかと思うのですが、これは、ヤマトウフノーラというのもあるさ、西に。これは薩摩が平定したんじゃないかと思うのですよ。あの時一回目の闘いは、大泊(おおとまり)の浜という所があるさね。あちらで皆、敵を切り殺して皆治めたというのですよ。しかし二回目の闘いで、上陸したのは、夜船に燈(ひ)をつけて、そして潮流を考えて、東につけさせるような見せものをして、波照間の武士は全部、東にまわったというのですよ、この辺に。しかし、ほうと皆集結するでしょう、一方に。集結したもんだから、一方から西の方へ、ヤマトウフノーラというものがあるさ、フノーラといったら、船を上げる箇所であるわけ。船の上げ場所、あっちに船を上げて、あっちから上陸して、あの時は、二回目の時は、武器も備えたのじゃないかと思う。あの時、波照間を平定してしまったというのです。平定してしまって、その後、上納がひかれるわけ。上納がひかれた為、非常に住民は苦しんだわけ。そして苦しんだ為、ひと部落の人は、ヤク部落という所があるさ、富嘉(外)部落の一番西にね。ヤク部落のヤクアカマラーが大将になって、ひと部落の人を誘って、上納積んだ、いわば、昔の上納といえば、米俵、粟俵でしょう。あれを満載した船に、夜、ヤク部落の人が、その上納積んだ船に乗って、逃げたというのですよ。あの時の大将がヤクアカマラーといっているのですよ。であの時一人の娘が鍋を忘れて来たと。これは必ず持って行かなければならないという事で、船長と相談して、じゃ船は、南の浜に寄せるから、あんたはうちへ行って、鍋を持って、それじゃ南の浜に下りて来い、とこういう様な約束であったというのだが。まあその船長は、船を島につけさせたら、もっと危いからといって、あの一人をすてて、どんどん南へ行ったというのですよ。あの人が鍋をかいて泣いて、今でも、鍋掻き田(ナベハキアマス)というのがあるわけさ。現在でもありますよ。これは今は、畑になっています。あれも最近十年あまりしかにならないですよ、あれを畑になしてから……。(『奄美・沖縄民間文芸研究』第二号)
沖縄先島・八重山郡竹富町波照間島~島民は人頭税に苦しんでいたが、ヤグムラにアカマリと称する男が、ムラの衆を集めて、重税を逃れるために逃亡することを相談した。折しも、人頭税ヲ運ぶ船が出立を待っていたので、役人たちの隙をうかがって、村人を船に乗せた。ところが、一人の女が鍋を忘れたと言って取りに戻ったが、いくら待っても戻って来ないので、やむなく船は出帆した。その女は船に戻る途中、田圃近くで船の出て行くのを見て、鍋を掻きながら地団駄を踏んで泣きわめいたという。それで今に、女が泣きわめいた田圃をナビカキマスと呼ぶようになった。(『波照間島民俗誌』)
同右~人間がありあまって生活ができないので、島の人の一部を移住することになったが、ある娘が鍋を忘れて取りに戻る間に、船は出帆してしまった。その船を見て娘は田圃で、鍋を掻いて泣いたので、今にそこを鍋掻(なか)き田(ます)というようになった。(『沖縄の昔話』)


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カフェくくる うるとらまんサン、はいさい、今日(ちゅー)拝(うが)なびら。

イサムさんが、おっしゃってましたか。
わくがみサンは、くくるの乙女達で、感触を摑んだようで、
次は、ろう者の子ども達に、エイサーを楽しんでもらう計画を、進行中だそうです。
凄い方です。
僕も、感謝感激は同じです。では。
Posted by 横浜のtoshi横浜のtoshi at 2011年08月17日 09:11


今日、イサムが来ていたよ。
イサムから、くくるが話題になっているよと教えられました。
ありがたいです。ケントミさんとの出愛から始まったろう者に音楽を楽しんでほしいとの思い、今度はわくがみさん、みなさんへと広がりました。感謝感激です。
Posted by カフェくくる うるとらまん at 2011年08月16日 20:46


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