てぃーだブログ › 琉球沖縄を学びながら、いろいろ考えていきたいな~ › 琉球民話『球陽外巻・遺老説伝』のご紹介(旧版) › 35久場塘嶽(くばとうだけ)の天女 ~琉球沖縄の民話
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いけない、
美里間切にも大里村、
ありました。
Posted by 横浜のtoshi横浜のtoshi at 2010年03月09日 19:50


はいさい、ちゅーうがなびら、yukuru mama。

横浜も沖縄と同じく雨です。しかも、刺すような寒さです。

ピンポ~ン、大正解!南城市の大里で~す。

近いところでは、
1949年に、大里間切大里村から、与那原町だけ分かれました(大里間切)。
そして2006年に、与那原町は、南城市与那原町になります。
この時に大里村の方は消滅して、
玉城村、知念村、佐敷町、大里村が合体して南城市になります

それ以前はと言うと、
1903年に、大里間切(まぎり)の、
西村村、南風原村、平良村が一つになって大里村になったのですが、
高嶺間切にも大里村があって、1908年に、
与座村、大里村、国吉村、真栄里村が一つになって高嶺村になります。

なかなか、やっかいなんです。民俗学の宿命です。

僕なんか、脳の中に棚が1つしかないから、
何か入ると、ほかのが抜け落ち、または直ぐに混線しま~す。

いつもコメント、ありがとうございます。
ぐぶり~さびら~
Posted by 横浜のtoshi横浜のtoshi at 2010年03月09日 13:48


横浜のtoshiさん

こんにちは~o(^-^)o

色々な民話が語りつがれているのですね!

大里って、南城市の大里何でしょうかね??

沖縄で海の無い所ですね~(o^∀^o)
Posted by yukuru mama at 2010年03月09日 12:20


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