~琉球沖縄に伝わる民話~

『球陽外巻・遺老説伝』より、第49話。

多和田川(たわたがわ)

 佐敷郡津波古邑(つはこむら)に、一つの井戸があって、そこからは、たえずこんこんと清水がわきでて、その水のおいしさは又、格別でございます。
 この井戸を、多和田井(たわたがわ)といいます。
 むかし、一人の老女が、ある時に、この井戸で水をくんでいますと、見知らぬ男が、井戸の左側の石に立って、
 「すみませんが、どうぞ、水を一ぱい、下さい。」
と、頼みました。
 老女は、心よく願いを聞きいれて、茶わんの口端を、少し欠(か)き、水をいれて、すすめました。
 これを見た男が、
 「どうして、貴女は、わざわざそんなことをなされるのですか。」
と、たずねますと、老女は、
 「さっき、ある子供が、この茶わんを使って、水を飲みました、その時、茶わんによごれがついたと思います。茶わんを欠(か)いて、清めたわけですから、そのかけた所から、どうぞお上り下さい。」
 男は、老女の心づかいにたいそう喜んで、その通りに水を飲みましたが、しばらくして、
 「この村に、人々が困るようなことがありますか。」
と、たずねました。
 「じつは村に、民の生業(なりわい)をさまたげる、二つのことがあります。
 その一つは、二回の稲祭りで、このために、農民は、大いにさまたげられます。
 もう一つは、稲が熟(じゅく)して苅とり、乾(ほ)す時に、突然、雨が降りだして、切角の稲が目茶々々になってしまったりします。」
 この老母の言葉に、男は、おごそかにいいました。
 「今後、この村に、五、六月の間、雨は降りません。又、四、五月の、稲の大祭りをおこなっては、なりません。」
 このことがあってから、津波古村では、今にいたるまで、稲の大祭をおこなわないとのことです。


※註
~琉球王朝時代の年中行事に、五月の稲穂祭りと、六月の稲大祭があった。稲穂祭は、「しちゆま祭」のことで、新作の初穂を神々にそなえて、豊作を祈った。それに因んだ琉歌に、
  稲花咲ち出れば塵(ちり)ひじもつかぬ、しらちやはなびちあぶし枕 (作田節)
 稲大祭は、収穫が終わり、新穀を、神前にそなえる儀式で、名物の綱引(つなひき)が各地でおこなわれるのも、その時分である。稲大祭に因んだ琉歌
  今年毛作(もづくり)や、あん美さゆかて。蔵に積ん余ち、まじんしやべら。

※注
【多和田川】(たわたがわ)以下の、多和田井を参照(さんしょう)
【佐敷】(サシキ)旧、佐敷間切(まぎり)、現在の、南城市、佐敷字(あざ)津波古。以前の発音では「サシチ」など。
【津波古邑】(ツハコ・そん)邑=村。現在の、南城市佐敷字(あざ)津波古。以前の発音では「ツィファヌク、チファヌク」など。
【清水】(きよみず、しみず)澄んだ、きれいな水。
【又】(また)
【格別】(かくべつ)
【多和田井】(たわたがわ、たーたがー)。
【老女】(ろうじょ)老婆(ろうば)
【口端】(くちは)口の端(はし)。前に、茶碗(ちゃわん)という言葉があるので、茶碗の端の口をつける部分。
【欠】(か)「欠く・闕く」とは、かたい物の一部分を壊す。損ずる。
【貴女】(あなた)
【生業】(なりわい、すぎわい、せいぎょう)生計(せいけい)のための職業。生活のための職業。
【稲】(いね)
【大いに】(おおいに)
【苅】(かり)苅=刈。現代語では、送り仮名は「苅り」。
【突然】(とつぜん)
【切角】(せっかく)切角=折角。
【目茶々々】(めちゃめちゃ)元は、「むちゃ」の音が変化した「めちゃ」で、「滅茶」「目茶」は当て字。滅茶苦茶の意。
【老母】(ろうぼ)老婆。
【大祭り】(おおまつり)
【大祭】(たいさい)
【年中行事】(ねんちゅうぎょうじ)
【稲穂】(いなほ)
【初穂】(はつほ)
【豊作】(ほうさく)
【因んだ】(ちなんだ)
【琉歌】(りゅうか)
【穂花咲ち~】
稲花咲ち出りば 塵ふぃじん着かん 白実にやなびち あぶし枕
(ふばな さちじりば ちりふぃじん ちかん しらちゃにやなびち あぶしまくら)
「白実」とは、しらちゃに。稲の穂。米粒。他に、赤実=あかちゃに、もある。「ちりふぃじ」とは、土や塵などの汚れ。
※歌意~労を惜しまずに育てた稲が、見事に実を結びました。白い実は黄金のもみに包まれて、塵ひとつ、ついてはいません。あぶし(畦/あぜ)に近い稲穂は、それを枕にするほどの実りではないか。
【作田節】(ちくてんぶし)
【新穀】(しんこく)その年にとれた穀物(こくもつ)。特に新米(しんまい)をいう。
【神前】(しんぜん)
【綱引】現代語では、送り仮名は「綱引き」。
【時分】(じぶん)頃。
【稲大祭に因んだ琉歌】稲大祭にちなんだ琉歌とは、「稲しり節(んにしりぶし)」。
【今年毛作や~】
今年毛作いや あん清らさゆかてぃ(くとぅしむじゅくいや あんちゅらさゆかてぃ)
(汝が倉に積みたる米の七余り=今年の農業はあんな素晴らしい実りになって)
倉に積ん余ち 真積ん(まづぃん)しゃびら(くらにちん'あまち まじんさびら)
(八束残して草の上に積む=倉に積み余ったのは真積みしましょう)


Posted by 横浜のtoshi





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