~琉球沖縄に伝わる民話~

『球陽外巻・遺老説伝』より、第59話。

稷(きび)の神様

 大昔、宮古島には、国をお治(おさ)める方が、いませんでした。
 そのために、誰も彼(かれ)もが、自分の力を自慢し、自分勝手に、人もなげな振る舞いをし、国の主(あるじ)になろうと、いつも争(あらそ)いあってました。
 そういう人々の中にあって、唯(ただ)一人、比計樽(ひけたる)という人だけは、世間の人達が、各々(おのおの)人々の上に立とうと寝ても醒(さ)めても勢(せい)を争って、絶えずあちこちで戦さをするのを見て、それをとても嫌(きら)いました。
 そこで騒(さわ)がしい世間から離れて、平屋久峰(ひやくみね)に家をつくり、そこで専(もっぱ)ら田や畑を耕(たがや)し、稲や麦などの農作物を実(みの)らせ、ひとり静かに暮らしていました。
 その後、人々はこれを尊んで神様とし、常に信心深く、お祭りいたしました。


※注
【お祭り】(おまつり)お祀り、とも。儀式をととのえて神霊をなぐさめ、また、祈願する。


Posted by 横浜のtoshi





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